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『考えるな、感じろ』
 
香水

篠原透

「本当にあなたは色と香りの付いた水が好きなのね」

これは数年前、私に向けて母が言った台詞である。
彼女は私が好んでコレクションしているボトル達を眺めながら、その量の多さに半ば呆れた顔で笑った。それらのボトルは大きく二つの種類に分けられた…洋酒と、香水である。
私は香水が好きだ。その反面、かなりの浮気性でもある。一目惚れし、我が身にまとった香水の数は計り知れないが、大抵は一本使い切るまでに飽きてしまう。だから、常時10種類弱の香水を側に置いて、季節や服装やその日の気分で使い分けられるようにしている。職場の同僚が「新しい香りがしたら、あなただと分かる」と私を評する通り、いつのまにか、定番の一本を持たないことが私の香りのスタイルになっているようだ。

香水…と一口に言っても、それらは大きく四つのクラスに分けられる。最も香りのエッセンスが濃厚で、完成度の高いものを「パルファン(香水)」、それに近い完成度を保ちながらも若干カジュアルなものを「オー・デ・パルファン(パルファン・ド・トワレ)」、香り立ちが柔らかく使いやすい軽さを備えたものを「オー・デ・トワレ」、主にリフレッシュ目的で使われる爽やかなものを「オー・デ・コロン」と呼ぶ。そしてこのクラスによって、香りのエッセンスの濃度・アルコール濃度・香りの持続時間が異なってくるのである。

私が香水を使い始めたのは高校を卒業する前だった。
年上の恋人が「エゴイスト(シャネル/現在はエゴイスト・プラチナムという名で販売されているが、私は以前のエゴイストの方が甘くて好きだ)」を愛用しており、少しでも背伸びしたくて買ったのが、桃のトップ・ノートが心地よかった「トレ・ジョルダン(シャルル・ジョルダン)」である。サンプルをくれたお店がデパートの改装で無くなった為に、どこに売っているのか全く分からず、この香りを付けた見ず知らずの女性を呼び止めて入手先を教えて貰った記憶がある。
以後、約十年の間私は様々な香水を愛してきた。
若い頃はマナーも使い方も知らず、友人や恋人に眉を顰められたことも多かった。多くの過ちを経たからこそ、今では多少の余裕を持って香水を楽しめる人間になれたように思う。

私がもっとも香水に魅力を感じるのは、香りには記憶を鮮やかに呼び覚ます効果があるという点だ。過去に愛した人の香りと街中ですれ違うとき、旅先で愛用したトワレを再び身につけるとき…私の脳にはそれぞれの記憶が驚くほど鮮明に再生される。視覚的なものではなく、雰囲気や気配といったとらえようのないものが懐かしい香りと共に私を包み、僅かな時間で消えていく。この甘美で切ない感覚は、香水が単に身を装うためだけのものではないことを私に教えてくれた。香水は、体に香り、心に残る。時にそれは写真やビデオよりも鮮やかに記憶を再生する力を持つのだ。
だから、私は香水を親しい人にプレゼントするのが好きだ。
いつしかお互いの距離が隔たることがあっても、私があなたを思い出せますようにとの願いを込めて。
 

エゴイスト
シャネル、No.19
/シャネル

旧番のエゴイスト。文中の恋人から頂いたもの。捨て損なっているのか大事なのか。

オブリークRWD
ジバンシィ、アイ・ラブ・ディオール
/ディオール

最近買った二本。オブリークは試験管型のレフィルをセットして使うボトルが面白い。

エンヴィ
グッチ、ラッシュ2
/グッチ

エンヴィは女友達からのプレゼント。ラッシュ2は現代的という形容詞が一番はまる。

イン・ラブ・アゲイン
/イヴサンローラン

一番好きな香水は、と言われればこれを。ただ、限定販売なのでもう手に入らない。

ベビードール
イヴサンローラン、ミラク
/ランコム

甘さのベビードール、深みのミラク。見た目通りの愛らしさで、決して嫌われない香り。

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