ヨコハマ中華街&新山手

[ Chinatown BBS Log / No.516〜No.538 ]


衝突

Handle : シーン   Date : 2000/10/17(Tue) 00:32


不意に、キリーは背後に気配を感じた。
唐突に、それは彼の背後に現れた。
背筋が凍るような戦慄を覚え、前方に体を投げ出すように反転する。
ホルスターから銃を抜きざま、後方、気配のする方に銃口を向けた。
この間、レイコンマ数秒。
常人には旋風が舞ったようにしか見えなかっただろう。
彼が銃を向けた先、そこには、若い男の顔があった。
そして、目の前に突きつけられた金色のモーゼルの銃口。
片腕を伸ばした程度の近距離で、彼らは互いに銃を相手に向けていた。
その様子に気付いた通行人が、彼らを遠巻きにし始める。
「早いなぁ、アンタ。」
男は眼前の銃をまったく気にしていない様子で、陽気に笑った。
茶色がかった、黒髪。
先ほどの殺気の主とは思えない線の細い、どちらかといえば華奢な感じのする若い男だ。僅かに色のついた小さめの丸いサングラスをしている。
「誰だ?」
キリーは押し殺したような低い声音で聞いた。
“引き金を引け!”
心の中で何かが叫ぶ声が聞こえた。
この男は危険だ、とそれは警告を発していた。
「俺?俺は草薙 潮(クサナギ・ウシオ)。」
再び笑い、目の前に突きつけられたBOMBピストルの銃口を上目づかいに見た。
「アンタに話があるんだけど・・まずコレをどけてくれないかな?」
「草薙か・・おまえの方こそ、銃を降ろせよ。」
キリーは薄く笑った。
「降ろしてもいいんだけどね・・」
草薙潮と名乗る青年はほんの僅か、視線をキリーの後ろに向けた。
キリーもそれに答えるように草薙の後ろにチラと視線を反らす。
その気配にはキリーも気がついていた。
一応、気配を殺し、忍び寄っているようだったが、目の前の男のそれに比べれば児戯にも等しい。
そして、彼らは同時に引き金を引いた。
キリーは草薙の、草薙はキリーの後ろに忍び寄っていた、黒いコートを着た男に向けて発砲した。
肩を撃ち抜かれ、二人の男の手からサブマシンガンが落ちる。
キリーの視界の端に、銃声を聞き、逃げ出した通行人を突き飛ばすように現れる、数人の男の姿が映った。
その5・6人の男達は、皆同じような黒いコートを着、手には銃を構えている。
キリーと潮はまるで数年来のコンビのように息のあった動作で背中合わせに立つと、互いの愛銃を構えた。
「何かやばそうな連中がアンタに近づいてる・・と言おうと思ってたんだけど。」
「遅かったみたいだね。」
どこか楽しげに草薙が呟いた。

 [ No.516 ]


過去の遺産

Handle : シーン   Date : 2000/10/17(Tue) 03:04
Style :   Aj/Jender :
Post :


▼LU$T企業階層網 リムネットヨコハマ構造物内 PM5:06

 黒人は目の前に揺らいで映される祥極堂の店内の様子を見ていた。
 北米から別件で派遣されている政府筋の機材をドミネートして、店内にいる祥極堂の主人、そして煌と皇の会話を最初から見つめていた。
「ふん、あるところにはあるもんだな。おまけにまだ権力もあるときている。マイクロウェーブ・カメラの所持を許可されているのは、北米では俺はNSAや国境軍だけだと思っていたよ。N.A.P.D.もFBIも・・・いや厚生省だって議会で許諾されていなかった筈だ。御厨は是が非でも_____いや」黒人は一度言葉を切ってアイコンを鈍い笑いのノイズで震わせた。「どうやってでも【彼女】の欠片を探し当てるつもりらしいな」
 マイクロ波が受像機を通してIANUS互換機へと投げかけてくる映像は、普通なら一生誰も目にすることのない特殊な映像だった。壁を突き抜け、家財を通り抜け、映像だけでなく受像範囲内に捉えた音声までをも彼に聞かせて見せていた。
 この街では知る人ぞ知る極主水が過去見を行おうとしているところだった。
 それも、この一連の霧の発生の原因ともなる事象の、根本的な始まりを描いた人物に関する過去見を行おうとしていることを黒人は知識の上から知っていた。彼女達はこの中華街に巻き起こった一連の事件の最初の一撃となったカーマインと呼ばれた悪魔を巡る惨劇に登場した二人の人物に大きく関わる過去へと繋がる糸を手繰ろうとしていた。

 黒人はグリッドの上で軽く目を閉じて溜め息をつくと、御厨の事をつらつらと考え始めた。
 彼女が言うにはこの一連の霧の発生とほぼ同時に、リムネットの監視下にあったメレディー・ネスティスがその姿を消したのだと言う。いや、正確に言えば姿を消したのではなくて、リムネットの監視員の目を潜り抜けただけだ。
『サテライトの監視を振り切るなんてね』
「別にその軌道特性を知っているのなら出来ないわけじゃない。少なくともそういった情報を彼女が知っている可能性は非常に高いはずだ。問題は________」
『そう、問題は何故彼女が監視員を振り切ってまで何かをする必要があるのか。よね』
「______そうだ。何も彼女の友人を含め、誰かが彼女にウォッチャーを貼り付けていた事を知らせてはいなかった。だが、彼女は雲の様に掻き消えてその姿を消した」
 黒人はまたアイコンを震わせて静かに笑った。
「情報部は何かにつけ、理由を求める。憶測を含めて、事象に対する原因や理由をかこつけたがる。・・・面倒な人種だ」
『あら、それがごくある人間の行動よ。黒人もそうじゃないの?』
 意味深げに心の中でIANUSに住まう彼女の声が響く。
 メレディーがリムネットに残した幾つかの遺産の一つである社屋のメインフレームの管理トロン_______【クローソー】のプロトタイプのロジックが埋め込まれて、偽りの殻をもって構成された自らの精神を形作る一部となっている彼女の嘲笑を身の内から感じ、黒人は一瞬身体を僅かに恐怖に震わせる。 そしていわばその生みの親とも言えるメレディー・ネスティスと出会う事になると言う未来の選択肢を、心の何処かでブロックしていることを意識していた。
 だが、御厨を通して社が黒人の身体に刻み込んだ命令は絶対だった。
 ましてや、あの男ネスト・マクローネルから渡された過去の約束を違える訳にもゆかなかった。

「霧の発生に彼女が関わりを持つのであれば、その実態を調査せよ。事態の収拾が彼女の死をもって得られるのであれば、限りなく迅速にそれを実行するべし」
「メレディー・ネスティスを捜索・保護せよ」
「崩壊した可能性のあるメレディー・ネスティスの欠片を全力をもって回収せよ」
 幾つもの無順を備えた命令を目を閉じて黒人は一つ一つ味わう。
 電子の記録として刻まれたその命令を見つめ、笑う。

「さて、【その時】が巡ってきた時、俺の身体はどの言葉を呟くのかね」

http://www.dice-jp.com/plus/china03/ [ No.517 ]


彼が見たモノ

Handle : シーン   Date : 2000/10/19(Thu) 00:36


▼LU$T 中華街 骨董屋“祥極堂” PM5:08

 僅かに金属と金属が触れ合うような音が、蒼い布の切れ端に重ねた極主水の片手から沸き起こる。
 それは、皇には青白い小さなミニチュアのような雷光が極と布の切れ端の間に走ったように見えたし、煌にはその光にデータの流れを感じた。だがそうは感じたものの、二人にはその流れが一体何を示しているのかを全く窺い知ることが出来なかった。
 ふと、二人の脳裏に「見なくて済むものは、見るべきではない」という極が呟いた言葉が刹那、蘇る。しかし、二人が脳裏を掠めた言葉へ答えを返すよりも前に、引かさせはしないと言ったような響きを持った極の言葉が部屋に響き渡った。
「今日で二度目になります。この布切れがまだ服であった頃に持ち主だった_______アンソニー・ブラスコという名の男の過去を垣間見るのは」言葉を切った極が一度目をあけ、蒼い布切れにはっきりと手を触れた。刹那青白い光の糸が走る。今度はその光を煌も皇も見逃さなかった。
「二度目?」
「えぇ、二度目です」
「いつですか?」
「さほど期間はたっていません」
「誰ですか? 貴方にその蒼い布を引き合わせた人物は」
「それは________」
 畳み掛けるように皇が極から言葉を紡ぎだしてゆく。他愛もない会話のやり取りだったが、極は皇から投げかけられる言葉が恐いくらいのタイミングで畳み掛けられ、疑問を感じる前に条件反射の様に答えてしまっていることに気がつき、静かに溜め息をついた。
「ブラックハウンドの巡査です」
 皇は極の溜め息に気がつくと、不敵に微笑んだ。
「教えてください、あまりにも時間がなさ過ぎる。今この瞬間論理を説いている時間など私には余裕がないのです」
 不安そうな表情で、煌きが皇と極の顔を交互に見つめる。静かだが視線を逸らすこともなく、皇が極の両眼を射つけるように見つめる。煌にとってはたっぷりと5分ほどの時間に感じる瞬間が流れる。
 だが、極は軽く肩を竦めた後、口を開いた。
「先ほどお話した中華街で過去に起きた事件ですが、その惨劇に司法の側面から関わった静元星也という人物がいたんです。その方は出向でこのLU$Tにいたわけですが、偶然にもあの惨劇の中心へと巻き込まれました。事件後、その方は所属先のN◎VA本部へと戻られたわけですが、事件そのものはLU$Tで起きた訳ですから記録はBH・LU$T支部へ収められることになった訳です。その際、一連の調査で足取りの追えなかった遺留品が巡り巡って私の手元へと流れてきたわけですが・・・。BH・LU$T支部にてその業務を引き継がれたのがサンドラ・トランテ巡査という女性で、彼女が私の元にその遺留品を持ち込んだのです」
 一度、極は手元を見つめた後言葉を続ける。
「彼女は、この街に詳しいのです」僅かに極が口元を緩めた。「無論私のこの能力を知った上で持ち込んできたわけですがね。その彼女が最近になってまた中華街で不穏な事件が・・・恐らくこの街を包む霧の事だと思いますが、その件に関して正式に担当となったので調査を継続していると連絡が入ったのが、一昨日のことです。その際にこの蒼い布を通して見えた事を全てお話した次第です」
 少し覚めかけたカップの紅茶を見つめ、極みは布に触れていた手を離した。
 そして少しばかりほっとしたような表情を二人に見せると、ゆっくりと味わうようにカップを両手で包み込みながら一口二口と味わい、皇と煌を交互にゆっくりと見つめた。
「一度観たものなら、記憶を省みるだけですむ事を思い出しました」苦笑いする。「私が見たのは、カーマイン・ガーベラと呼ばれた悪魔との惨劇です。その映像と言うか・・・過去を私はアンソニー・ブラスコという存在と、メレディー・ネスティスという存在を通して見つめたわけです___________」

 極みはそれから二人に長い話を始めた。
 LU$T中華街、そして関帝廟で起きた惨劇の一部始終を。電脳の空間でどのような戦いが成されていたのかをつぶさに語った。
 たっぷりと30分ほど途切れることのない説明を行った後、極は手に持っていたカップをソーサーに置いた。
「私が過去を見るとお話したことは覚えていらっしゃいますね?」
 極の言葉に二人は無言で頷く。彼はそれを確認するとゆっくりと頷きながら会話を再開した。
「私はその惨劇を飛び越え、更にその布から辿れる糸を手繰り、アンソニー・ブラスコという男を通して、非常に断片的なものですがイメージを捕らえました」
 そこで極みはまた言葉を切った。
 皇が溜まらず声を出した。
「で、どのようなイメージを捕らえたのですか?」
「幾つかまるで散文的にイメージを拾ったに過ぎないので漠然としたものに近いのですが、カーマイン・ガーベラを構成していたのはナノマシンです。何かの研究段階でアンソニー・ブラスコの肉体にインストールされたのでしょう。そのナノマシンを開発したのが、ゲルニカ・蘭堂」極は一度視線を中に漂わせて遠くを見るような視線で記憶を探る表情を見せた。「________そのアンソニー・ブラスコにインストールされたナノマシンの基礎を開発したのが、燃えるような紅い髪をした女性・・・・ゲルニカ・蘭堂と呼ばれる女性であることが分りました」
 そこまで答えた後、極は額の汗をぬぐった。
 いつのまにか彼は汗をかいていた。それには皇もたった今気づいたばかりだった。
 極は一度身動ぎすると、ハンカチを手に取った。
「あのような女性を見るのは初めてです。彼女の姿が見えたそれより先の過去は一切見えませんでした」
 極は両目を一度閉じ深呼吸してから目を開き、目の前の皇と煌へと視線を落ち着かせた。
「気をつけてください。あのゲルニカ・蘭堂と言う女性の両眼からは人の気配がしません。ですが悪しき者とも言えないのです。何と言えばいいのか__________」

 極はふと思いついたように、言葉を紡いだ。
「全てを観てきた。長い年月をかけて何もかもをも観てきたという感じの視線です」彼は身体を僅かに震わせた。「私には恐らく彼女の過去すらも見ることは出来ないでしょう。次元が違う」

 目に見えない流れが変わる。
 それは___________今、糸が絡み始めたからだ。
 しかしそれを当事者の誰も気づいてはいない。

http://www.dice-jp.com/plus/china03/ [ No.518 ]


DIABLO

Handle : シーン   Date : 2000/10/20(Fri) 01:38


荒王は滑るような歩法で一瞬にして間合いを詰めた。
そのまま、流れるような動作から拳を繰り出す。
女は反応できないのか、まったく動かない。
“殺った”
荒王はそう確信した。
稲妻のような突きは凶悪な破壊力をもって眼前の女の体を破壊するはずだった。
しかし、彼の拳に伝わったのは、内蔵を破壊し、脊椎を粉砕する確かな手応えではなく、何か柔らかいものを叩いたような不確かな感触だった。
一瞬、この女が幻ではないのかと彼は訝しんだが、そうではなかった。
女はアオザイを着た血塗れの女性を片手で抱えたまま、もう片方の手のみで荒王の一撃を受け止めていたのだ。
その威力のほとんどを僅かな体裁きで受け流していた。
「で・・次は何をするんだい?坊や。」
薄く、冷たい笑いを口元に浮かべ、なんでもないように女が言った。
「チッ・・・」
荒王は内心舌をまいた。
そして、眼の前の女が見た目通りの存在ではなく、彼が全身全霊をもって闘わねばならない強敵であると、あらためて認識した。
彼が、次の攻撃に移ろうとした、その時。
ゾクリ。
彼の全身をかつてない戦慄が貫いた。
弾かれたように、飛び退く荒王。
あらためて眼の前の女を見るが、その主は彼女ではなかった。
それは、彼が倒したはずの男。
彼の愛刀に深々と貫かれ、絶命したはずの男から発されていた。
ゆっくりと体を起こす。

その時、荒王は奇妙な違和感を憶えた。
彼の愛刀は根本まで深々と男の体を貫いている。
そして、その切っ先は当然背中に抜けているはずだった。
しかし
切っ先は見えない。
背中には傷1つなかった。
胸に刺さったまま残る刀がまるで奇怪なアクセサリーのようだ。
男は、やっと己を貫いているその存在に気付いたように刀に手をかけた。
ズルリ
そのまま無造作に引き抜く。
刀は再び元の姿のまま、男の手に握られていた。
しかし、刀身には血の一滴もついてはいない。
「どういう・・事だ?」
荒王は眉を寄せる。
得体の知れない男だ。
彼は相手の正体を見極めるかのように、男を凝視した。
190p以上はあるだろうか。
長身に、筋肉質ではないものの均整のとれたしなやかな体躯を、傍らに立つ女と同色の黒い外套のようなコートで包んでいる。
背まである黒髪は全く光沢がなく、背後の闇に溶けているようだ。
整ってはいるが、人間味をまるで感じさせない風貌。
白目の少ない黒瞳は底無しの深淵を思わせた。
そして、もっともこの男を際立たせていたもの。
それは圧倒的な存在感だった。
たとえ雑踏の中にいたとしても、彼を見分ける事は容易いだろう。
それほどまでに、眼の前の男は常人のそれとは異質な雰囲気を纏っていた。
再び、悪寒のような感覚が背を走るのを荒王は感じた。
それは恐怖。
彼が長い間、敵に対して感じることのなかった恐怖だった。
全身から力が抜けていく。
ただ、そこにいるだけで相手を敗北させることが出来るものがいるとすれば、この男をおいて他にないだろう。
そう荒王は思った。
彼の前で闘志を保つ事だけで、全気力を振り絞る必要があった。
「まったく・・おまえ達はまた、私の手を煩わせようというのか。」
低い、しかし良く通る声で男は呟いた。
「来るべき破滅の時まで、安穏と日々を送っていればよいものを・・・」
言って、手の中の刀を傍らに投げ捨てた。
ゴウ!
何かが、薄暗い室内を包んでいくのを、荒王は感じた。
彼の本能が、これまでと比べものにならないくらい激しく警報を打ち鳴らす。
急激に。
急激にあたりの景色が色あせていく。
男の足下の影が、その濃さを増したような気がした。
まるで暗黒のアギトが口を開き、全てを飲み込もうとしているかのようだ。
全てが暗黒に包まれるかに思えた、その時。
「ラドウ!」
女の声が闇を、静寂を裂き、凛と響き渡った。
「あなたはこの辺りを丸ごと消し去るつもりか?」
闇がまるで潮が引くように消えていく。
「私達がここにいるのは何のためだ。」
女がジッと傍らの男、ラドウを見つめる。
「解った。君に任せよう、エヴァンジェリン。」
肩をすくめ、女を見返す。
「だが・・それはこの男にとっては不幸な事ではないのか。」
「私に消された方が苦痛を感じずにすんだのだからね。」
ラドウは微かに口の端を歪め、そう言った。
そして、それが合図であったのか。
闇の中に小さな光が灯る。
キラキラと冷たい銀光を放つ小さな光の粒子はまるで月の雫のようだ。
そして、その月光に照らされて、女の髪もまた、ひときわ目映い光を放ち始めた。
艶やかな黒髪は、黒から灰へ、灰から白へと変色していく。
そして。
漂っていた銀光が空間に溶けた時。
女の髪は銀色に変わっていた。
「銀の魔女。」
荒王が眼前の女、エヴァンジェリン・フォン・シュティーベルを睨みつけたまま、そう呟いた。

 [ No.519 ]


The Pelican Brief.

Handle : シーン   Date : 2000/10/21(Sat) 03:49


▼LU$T ヨコハマ中華街 PM6:25

「カラカラに干乾びた死体に、関帝廟ね…」
 青面騎手幇の事務所から出た風土は、ポケットロンを取り出しながら路地を歩いた。
「後は、蘭堂女史についてだけど・・・さてと、どうするか」
 ゲルニカ・蘭堂が過去にナノマシンの研究開発を行っていた事がわかったのはいいが、、そこから何とか手掛りを得る事が出来ないか。
 そう考えた風土だったが、ビル・ゼットーと別れた後にとおりを歩きながら霧とナノマシンの関係に関していろいろ考えて行くうちに、その歩みはだんだんとゆっくりとしたものとなり、終いには路地の十字路の一角でその歩みが完全に止まってしまった。
 風土は手にもっていたポケットロンに視線を落とし、暫し考え込んだ。
 一体何故霧がこの街を包み込むことになったのか?
 霧にナノマシンが関係していることで何が起ころうとしているのか。
 幾つもの疑問が風土の脳裏を駆け巡った。だが、答えが一向に見えてこない。まだ何か着眼点がずれているような気がしてならなかった。
 ふと日の暮れた空を見上げながら僅かに指先を動かし、画面に彼にとっては見慣れた顔を映し出させた。
「急で悪いんだけど、至急調べて欲しい物が有るんだ。霧についてね・・・」
 小さなディスプレイの向こうでゴードンが静かに笑った。
「どうも府に落ちない。霧に踊る陰は幾つもある。三合会だけじゃなくて、千早もイワサキもブラックハウンドも。果ては、北米のエージェント達までもがいやがる。それだけじゃない・・・」風土は脳裏に浮かんだゲルニカの話を思い出し、眉を顰めた。「________ゲルニカ・蘭堂と言う訳のわからねぇ、女が絡んでいやがる。それが一番気にかかる。素性が知れないにも程があるといいたい位、何も出てきやしない。どうも、胡散臭い。・・・なぁ、もしかして女の事を知っているんじゃないのか?」
 風土は畳み掛けるようにゴードンに言葉を浴びせた。
 事実、方々を探し回って得られた情報は三合会のビル・ゼットーから得た情報がその大半で、それといっても満足の行くものではなく、逆に疑問を深めるものだった。
 霧の根本を突き詰めようと考えると、どうしてもあの紅い髪の女に行き着く。
 情報を遡ることは三合会までなのではなくて、自分的にもっと前に立ち戻ることだとしたら・・・
「霧の正体がはっきりとわかっているのであれば、それに越したことはないのでしょうが、私もまだその詳細はわかっていません。まぁ、その為に彼女を通してホンコンから要人を招聘したわけですがね」
「彼女? 要人?」
 ディスプレイのゴードンが目を細めて笑った。
「リトル・カルカッタのD地区に区画で唯一の教会があります。その近くに彼女のセーフハウスがあります。趙瑞葉。困った事に彼女の親友でもあり、私の客人でもある王美玲が霧について調べ上げたレポートの一部を持ち出そうと考えている」ゴードンはそこで言葉を切った。その言葉を切ったゴードンを見つめながら、風土は久しぶりに彼の素顔を見たと思った。「________盤から飛び出す駒が何処へ行こうというのでしょうかね」
 絵に描いたような無表情の微笑がゴードンの満面を満たしている。
 彼はその能面のような表情のまま耳元に手をやる。
「まぁ、飛び出した駒の扱いは定めのようなものですね。持ち出したものがどれほど重いものなのか誰かがレクチャーしたのでしょう」
 風土は目を細めた。
「・・・棄てるのか」
「まさか!!」
 鷹揚にゴードンが肩を挙げた。だが能面のような笑みは一向に崩れもしなかった。
「リトル・カルカッタの教会に行けば恐らく趙瑞葉に出会えるでしょう。王美玲の纏め上げた霧に関する調査レポートの一部を________ペリカン文書を持った彼女にね。手持ちの土産は差し上げましょう。それなりの舞台だ・・・報酬代わりです」

 ゴードンは画面から姿を消そうとしていた。恐らく席を立とうというのだろう。
「サヤ、移動の手配を」
 風土が口を開く前にゴードンは一言だけ言い残し、また一方的に回線を切った。
「________王美玲に、親よりも繋がりの深い親友の危篤を伝えねばね。彼女もそろそろ自分の身分を弁えた方がいい。自分が描いたレポートがどれほど重要なものであるのかをまだ理解していない」
 風土の血が沸き上がり始める。
 極度の緊張で、鋼のようでありながらしなやかな曲線を描く上腕に血管が浮き上がる。
 辺りの人々が避けて通るような形相をその穏やかな面立ちと交互に入れ替えながら、彼は空を見上げた。

 リトル・カルカッタ?
 いいだろう、この街は充分に歩き回った。何処へでも出向いてやる。
 霧か? 霧を探るだけでこんなにも多くの命が奈落へと落ちなければならないことなのか?

 風土はゆっくりと左手の指を交差させて眉間に寄せた。
 彼の立つ辺りに風が巻き起こり始める。

http://www.dice-jp.com/plus/china03/ [ No.520 ]


再会

Handle : “女三田茂” 皇 樹   Date : 2000/10/23(Mon) 00:57
Style : タタラ● ミストレス トーキー◎   Aj/Jender : 27歳/♀/真紅のオペラクローク&弥勒 短い髪
Post : ダイバ・インフォメーション新聞班長


 皇はだいたい飲み込めてきた。
ここに導いた人物「M」は、メレディーだろう。まちがいない。彼女の能力をもってすれば、この場に自分を導くことなど雑作もないことだ。以前頼まれた仕事で調べた、彼女の経歴ならば。
 そして、今自分が関わってる事件が、絶後はともかく空前の規模の事件であるという事も、彼女は感じ取っていた。関帝廟の事件。それはN◎VAに渡って来た時に聞いたことがある事件…あれ?…そうだっけ…?
「どうしました?情報が多くて、整理に時間がかかってるのですか?」
「あ?いえ、そういうわけでは…」
 おかしい。
 記憶が混濁しているの?
 こないだの夢からなのかしら?
 無限に広がる夢幻のピースが、一つ一つ動き出す。
「ちわ、お邪魔」
 玄関から新しい風とともに、だれかがはいってきた。
 皇も、煌も知っている声だ。
 一斉に振り向く。
「那辺さん…」
「那辺さん!」
 ほぼ同時に二人から声が上がる。声をかけられた那辺は、フェイトコートの汚れをはらい、改めて二人に向き直す。
と、那辺は眉をひそめた。
「小さい電脳の姫サン、どうしたのさその怪我」
 歩みをほんの少し速めて煌に近づいた那辺は、もう一度その傷ついた小さな体を見た。
「うん、ちょっとおうちで…いろいろあって」
 いつものように微笑む煌。しかしその笑顔がほんの少しだけ曇っていることを、那辺は見のがさなかった。
「那辺さん、今連絡しようと思ってたんです。いろいろわかったんですよ」
「聞かせてもらいたいね。こっちもいろいろ有って、ちょいと情報が欲しいんだ」
 皇は事情をかいつまんで説明した。ここに来た理由。「M」のメール。ここに有ったアンソニーの服の切れ端のことなど、さっき極が話してくれたことを丁寧に、
新聞記者らしく私情を一切挟まないで簡潔に。
 那辺は黙って聞いていたが事の全てが話し終わると、ふう、と一つ息を吐いた。
「皇サン、こっちの事情を話す前に、まず渡しておかなきゃいけないモノが有ったね…ここで起こった事件のデータ、だったね?」
「ええ。ですがほんとによろしいのですか?」
「渡す前にもう一度聞く。今からあたしが渡すのはパンドラの箱だ。これを明けてしまうと取り返しの付かないことになるかも知れないよ。ソレでも?」
「ええ、一向に」
 皇は目を外さずに答えた。もう、後戻りはしない。
 那辺は、少しだけ口元を緩め、3人が囲んでいるテーブルの上に、無造作にデータカードの束を投げ置く。

「コレが、前にいっていた沖とウェズリィって探偵、秦が用意したレポートさ。このLU$Tで何が起こってるのか。それを見つける為に使いな」
「…ありがとうございます」

 これを渡してくれた、という事は無論自分だけじゃなく那辺さんも、そしてひょっとすればここにいる極さんや煌さんにも迷惑がかかるかもしれない…だが、そんなことでためらうようなことは、今の皇にはない。それ以上の何かが、皇の体を動かしていた。
 データカードを手に取り、IANUSに入れようとした。
が…ふとその手が止まった。
 ある考えが閃いた。
「那辺さん、少し時間をいただけますか?」
「ああ」
 頭を下げ、極の方を向く。
「極さん、お願いがあるんですが」
「なんでしょう?」
「先ほどの技、IANUSにかけていただく事は出来ますか?」
「無理ではない、と思いますよ」
「もしかけることが出来れば、私の記憶がかけている部分を補うことが出来るのではないか?と思うんです…前に見た夢のあたりから、記憶があやふやな部分が多くて…ひょっとしたら、なにかわかるかもしれない…」
 たしかにそれができれば、夢に出てきた恐怖の正体が突き止められるかもしれない。非常にリスキーな賭けではあるが。
「わかりました。わたしも、このようなケースをやるのは珍しいのですが…」
 椅子に腰掛け、皇は目を閉じた。
 再び、今度はさっきよりはっきりと、音が聞こえてきた…

 [ No.521 ]


乱入

Handle : “ウィンドマスター”来方 風土   Date : 2000/10/23(Mon) 12:51
Style : バサラ●・マヤカシ・チャクラ◎   Aj/Jender : 23/男
Post : 喫茶WIND マスター


二人の殺気が、急激に高まる。僅かなきっかけで、闘いは始まるであろう。
風を切って何かが、横切った。その瞬間、二人の動きが止まる。
二人の目線は、お互いの中間の地面に落ちていた。ありふれたコンクリート、その路上に
細長い棒が生えていた。それは1メートル程の木の棒であった。
ただの木の棒が、その半ばまで路上にめり込んでいるのだ。
「ちょっと、待ったー!」
そう叫びながら、風を纏った人影が降り立つ。人影を中心にして爆発的に風が巻き起こる。
ラドウと呼ばれた男、エヴァ、荒王の三人はコートを立てて、その風を避ける。
風が治まると着地の衝撃に耐えているのか、人影はしゃがみこんだ姿勢で歯を食いしばっていた。
しばらくして、ヨシと一声掛けると、何事も無かった様に立ちあがる。
「お久し振り」
風土は、挨拶のつもりか右手で礼をする。ラドウの顔には何の変化もないが、
エヴァの顔には信じられない事だが、表情が浮かんでいた。
「5年ぶりかな。で、いきなりなんだけど、彼女を置いて行ってくれると有り難いんだけど」
そのふざけた態度に、その場に張り詰めていた殺気が、消えて行く。風土ならではの現象だ。
「イヤだと言ったら」
銀の魔女が問う、しかしそれは何処か面白がっている様にも見えた。
「こまる、大事な用が在るんだけどな。出来たら成龍厨房のマーカーチオを土産に、
帰ってくれないかな」
銀の魔女は一体どう答えるのか、ただに嫣然と微笑むだけであった。

 [ No.522 ]


招待

Handle : “指し手”榊 真成   Date : 2000/10/25(Wed) 00:51
Style : KARISMA   Aj/Jender : 29/♂
Post : 榊探偵事務所


血のような黄昏が終わり、紺青の世界が訪れるとき。
ヨコハマLU$T、関帝廟。
三国志の英雄、関羽を祭った廟。
時間のせいか、人にあらざる者のなせる業か、人気は少ない。
漂う霧の中、二人の人影が廟の前に立っていた。

「・・・少々、早く着いてしまったようですね」

懐中時計を取り出しながら、榊が呟く。
那辺との待ち合わせ時間までは、まだしばしの時間がある。
闇に包まれた寺院の奥へと、視線を向ける。
その時、榊の耳に耳慣れた音が聞こえた。

「聞こえましたか?」

「・・・はい、銃声です。
拳銃によるものが二種、サブマシンガンによるものが・・・多数。数を特定できません」

傍らに控える和泉が答え、そして、そのまま榊の指令を待つ。
しかし、首を振りながら榊は言う。

「向かう必要はありませんよ。
あれが霧に関係のないものだったとしたら、行くだけ損というものです」

「もし、関係のあるものだとしたら?」

「・・・そのときは、生き残った者がここに来ますよ。事情は、そのときに聞くことにしましょう。
迎え撃つ、心構えだけはしておいてください。
・・・それよりも・・・」

再び、廟の奥へと視線を向ける。
要所に灯りのあるものの、やはり闇の帳を追い払えないでいる、英雄を祭った地。
剣も銃も扱えぬとはいえ、数多の修羅場をくぐってきた身。榊には危険を察知する能力−いわば、勘−が備わっていた。
それが、最大級のアラートを告げている。

「・・・いますよ。
数々の通話に会合、食事時の会話など。・・・今まで、あえて私の動きを隠蔽しなかったかいがあったようですね。
いま、ここに、私がいる。・・・招待状を受け取ってくれたようです」

そして、懐から二枚の呪符を取り出し、一枚を和泉へと手渡す。
再び過ちを繰り返さないよう、タリスモンガーから仕入れた抗呪の符。
彼は折り紙つきの効果と言ってはいたが、さてさて。
相手は常識の通じない敵に違いない。何処まで効果があるものか?
それでも、榊の顔には微笑が浮かびつづける。

(来るとわかっている以上、耐え切れぬわけがない)

沸き起こる自信。自分に対する、絶対の信頼。
それが過信でないことは、よくわかっているつもり。
ならばこそ、今まで生き延びてこれたのだから。
それに、おそらくこの呪符が役に立つことはないであろうという推測。
榊のことを邪魔だと思うなら、次こそは命を奪いに来るだろう。再び記憶を奪う意味はない。
ふと、側に控える和泉に視線を移す。彼の腹心の中で、一番の信頼のおける人間。年若き女騎士。
純粋に力量だけなら、さらに優れた者もいる。それでも、榊は彼女を選んだ。
彼女なればこそ、何があろうと榊の身を護り通すだろう。

「・・・行きますよ」

そう、“騎士”に語りかけ、榊は歩を進めた。
紅き髪の魔女が待つであろう、闇の中へと。

http://www.din.or.jp/~kiyarom/nova/index.html [ No.523 ]


LUNA ECLIPSE......"Mebius Ring" a Defect of Memory.

Handle : “那辺”   Date : 2000/10/25(Wed) 20:08
Style : Ayakashi,Fate◎,Mayakashi●   Aj/Jender : 25(In appearanse)/female
Post : B.H.K Hunter/Freelanz


▼TOKYO N◎VA Ammonia Avenue "Cafeteria Zaphkiel" While Back

 すっとチップを差し出す様な仕草で、テーブルに置かれた三枚のクリスが、紫煙にけぶる室内のランプを模した光源を受けて鈍く光る。
「これは、今までの調査の記録です。有効にお使い下さいね」
 おどけた口調の背後に、冷徹なまでの知的な視点を潜めた女探偵──沖の口調に胸元に三枚のクリスをしまい込んだ那辺は、片唇をつり上げる意味ありげな笑みを漏らした。
「アンタ達が集めた情報を編纂して、コレから径を征くヒトらに渡そうってのか?」
「ええ。あ、そうそう。衛星写真と動画も入ってますから。あと一枚は特に取り扱いにご注意下さいね、ある方のプロファイルデータですから」
 察しのいい同業者の答えに頷き、さらに独特の調子を続ける沖に那辺は肩を仰々しく竦めて呆れる。
「了解、アタシは配達人(クーリエ)ね。最後の一枚は切り札に使うさ。しかし何処から手に入れた姐サン。アンタクロマクに転職したら、儲かるんじゃないか?」
「それはお互い様でしょう?ではお願いしますね」
 結局調子を崩さぬまま“砦”を出てさらに行動に向かう沖の後に、少女ともいえる店主──煌の声が聞こえて、那辺は肩を竦めたい気分になった。
 彼女達が為そうとしているのは、これまでの、そしてこれから中華街を取り巻いた巨大な陰謀に立ち向かおうとする人々に、彼らが調べ、経験した事実そのものを記録し、伝えていこうとする試みなのだから。
 そして彼女の揺らしたシガーの煙だけが、“砦”に残った。

▼YOKOHAMA LU$T Chinatown "Back Street" 17:00.36 JST

 薄い乳白色があたりをゆっくりと深く緩慢に包み込んでいく中、カメラの視界から女が消えた。
 公衆DAK端末に駆け込み短い文章を送った後、軍用のデザインに似た白い外套を翻し、路地から路地へDAKやカメラの置かれていない場を選んで、縫う如く足早に歩く女の姿を追う。
 だが、N◎VA特有の白人と黄色人種の混血の色濃い、弥勒に包まれた女の顔を、カメラが再び捉える事が出来ない。
 激しい誰かの舌打ち。

 あたりを薄く取り巻く“気配”と同じ色をした外套を、翻して歩む。
 だが、その足取りはいつもより精彩を欠いていた。
 追跡者の存在を警戒しながら、その存在を確実に把握できなかったにも関わらず、撒く体制を取ったのは、これから会うべき人物にどうしても渡さねばならぬモノがあったが為。
 なじみのない人間ならば間違いなく惑う道を歩み、女──那辺は軽い頭痛の治まらぬ頭を振り、路地に積まれた箱に寄りかかる。
 極限まで達した疲労の回復が遅いのも無理はない。彼女は感覚を自らの資質を最大限に引き出さんが為、血液の摂取を数週間に渡って絶ち、精神を極限まで追い込むという途方も無い、修験者が行う苦行を自らに課していた。
 カラダを蝕む光の下、振るえる手で弥勒を外し懐からピルケースを取り出す。
 血の代用品とデザイナーズドラック。揺れる視界。

_____________無駄ナノニ 何ヲシテモ、無駄ナノニ。
 ソレは虚像か幻像か。那辺の頭上から舞い降りた半透明の少女の霊の手が、彼女の青白い顔を優しく包む。激しい頭痛。

____________守護神ニ告ゲラレタ刻限ハ来タ アナタニ律ハカエラレナイ ドウシテ疵ツコウトスルノ?
 呆然とその少女の顔をみつめる那辺に、ソレは無垢な笑みを浮かべて囁く。彼女が自らのヒトとしての記憶を思い出せぬ頃、喰い殺した少女の姿で。牙が疼く強烈な飢え。

_____________餓エヲ満タスモノヲ手ニ入レナサイ....."カレヲ" アナタハ生キテイナイノダカラ。
 那辺は青く透き通った眼を大きく見開く。湧き上がるどす黒い憤怒。そのコトバは……。

_____________生キテイナイアナタニ ナニモ......
 ソレは数ヶ月前、彼女が旧香港で殺した“はず”の男に告げられたコトバと同期する。
 憤怒の咆哮。
 手にした錠剤を撒き散らして、ソレを手で引き裂く。薄く薄く昏い霧に紛れて消える姿。
 耐え切れず胃の中にあった全てを膝を折り吐き出す。
 ヒトとしての記憶を断片のおぼろげな夢の如き、フィルターに包まれた実感なきモノとしてしか持たぬ。血族の牙に堕ち、その記憶も強い恐怖としてしか持たぬ実証なき新参者(ニオファイト)ならば。
 ヒトとして心、血族としての獣性。メビウスの環の如き複雑に絡み合い、那辺という人格を構成している今現在、彼女が望むは己の半身と感じる男が過去との邂逅を果たす事。自らが愛するこの街に自らと同じ“虚ろ”の跳梁を許さぬ事。
 ヒトとしての自らが。
 吐瀉物をハンカチーフで拭い、捨て、立ち上がり再び錠剤を取り出して口に放り込み、いとしいオトコの名を呟く。呪言が如く。
 自らの虚ろに強く引き込まれる感覚こそが、それと同期したナニカが彼女を高い階梯に引き上げていく。ブーツについた吐瀉物を払うと、錠剤をかみ砕きその訳をかみしめ、那辺は再び歩みだし、ふとしたことを想い出した。
──今夜は皆既月蝕だったな。深い霧に紛れて視えないだろうが。 
 せめて踊ろう、せめて舞い狂おう。自らの流儀を貫き、月蝕の下でメビウスの環を振り解き、闇に紛れて。
 
 錠剤の効力か不自然なまでに、彼女の疲労と飢えを癒していった。

http://page.freett.com/DeepBlueOcean/nahen_nova.htm [ No.524 ]


Talk of the Devil.and he is sure to appear.

Handle : “那辺”   Date : 2000/10/26(Thu) 04:22
Style : Ayakashi,Fate◎,Mayakashi●   Aj/Jender : 25(In appearanse)/female
Post : B.H.K Hunter/Freelanz


歴史など合意された寓話以外のなんであろう?
──ナポレオン・ボナパルト

▼YOKOHAMA LU$T Chinatown "Curiosity Shop Shou-goku-do" 17:40.03 JST

 裏通りから出、店の玄関より滑るように入ってきた那辺を視て、極は刹那、己が"眼"にうつった彼女の変容に大きく目を見開いた。共にいる女性2人は変わりなく見える彼女に気を取られ、彼の驚きに気がつかない。挨拶し、事情を聴いた那辺は極に視線を移す。
「旦那。護符か無ければ鬼符、何枚か貰えないかい?」
「……あ、はいはい。一寸待って下さいね」
 3人で話したい事があるのだろうと察した彼は、符をしまった箪笥へと向かい席を外す。
 すれ違う瞬間、那辺は彼に対して2人に気がつかれぬ様、肩をすくめて見せる。
 識っている。解っている。そんなものを止められない。
 求められなければ、告げられぬ過去と未来を垣間見るマヤカシとして。彼は気づかれぬ様、一度だけこぶしを握りしめた。

 椅子に陣取って足を組み、無言で皇からの情報を聴いていた彼女は頭に響く警報を確実に感じていた。
 無造作に希少価値のあるデータの入った数枚のクリス──彼女達は“テープ”と呼称する──をテーブルに投げ出す。
 数枚の鬼符をもって戻ってきた極に、那辺は符を受け取り、微笑を向ける。
「旦那、いいにくいんだけどお代、後でもイイかい?金がイロイロと入り用でさ」
 場を和らげる為だろうか。ふざけたような口調でいい、符を今はない札束みたいに数える那辺に極も煌も口元を緩める。
「いいですよ」
 穏やかな、人を安心させる笑みを浮かべて、2秒ならぬ1秒で即答する極。
「旦那、アンタイイオトコだな」
 まに受けて、にへらと頭をかく彼らしい照れ笑いを見て、三人はもう一度だけ笑った。

「そういえば小さい姫サン。アンタ探していたご友人は見つかったのか?」
「……うん、一人は見つかったんだけど……」
 笑い納めて唐突に尋ねる那辺に、煌は俯いて歯切れの悪い言葉を返す。
「アンタが探しているのは、さっきも話に出たメレディー・ネスティスだろ?だとしたら……」
 聞いた話から来る不安が収まらないのか、煌はおずおずと那辺の怒気を感じて見上げる。
 テーブルに那辺が手を打ち付ける激しい音。
「まだ探す気か、フザけるな久遠!アンタ、自分の立ち位置が解ってるか!?」
その勢いに煌は身をすくませ、考え込んでいた皇が顔をあげ極が止めようとするのを、
那辺の弥勒越しの強く憤怒を含んだ視線に止められる。
「……でも」
「デモもストもない、視てなかったのか旦那の過去見を!は、どうせアンタは誰かの意図に怪物に襲われたんだろ!?」
「……うん、確かに霧がわたしの所に潜り込んで来たみたいだったけど……」
「まだ、解らないのか!まだ感じないのか!総てが仕組まれていると!狙われていると!!」
 再びテーブルに怒気と憤怒を叩きつける大きな音。自らの意図していた事と感情が大きくずれているのに気がつかず、あまりにも無防備な少女の姿に那辺は大きく息を吐き、その見たことのない友人の剣幕に煌も他の2人も声が出せない。
「いいか、ネスティスは一度死んでる。間違いなくだ。ソレが生き返った。どうやって!何故!どうして!」
「…………わからない、けど」
 耳に強く響く声と音。挙げられる矛盾、疑問。ソレを静かな力で遮ったのは、煌の小さな呟きだった。
「……だから久遠は、それを探しに行かないと行けないの。約束したから。レイちゃんと、メレディーさんと、ともだちみんなと。逃げないって、強くなるって」
 憤怒の潮流に流されぬよう毅然と立ち上がった那辺を見上げる煌の姿に、那辺は白金に染めた短髪を苛立ちげにかき上げる。
「……一般に関帝廟爆破事件といわれてる一件は、ブリテンのテロリストカーマインが蘇って暴れ回った。千早製のナノマシンにBH基地のシミュレーターから盗んだ人格データを使って、ブラスコって研究員を仕立て上げてな。だけどソイツはアタシが聴いた話を総合すると、どうも違う様に見える……アタシはナノ技術に詳しくない、だから仮説だ。まさかと思うけどナノマシンを使って霊的な場──陣とかな──を作り上げる技術を精製、霊(たま)おろししたんじゃないだろうなと」
 感情の高ぶりと鳴り続ける警報が那辺の口を軽くしているのだろう。疑問符を上げた皇を見据え、那辺はさらに言葉を続ける。
「まさかと思うけどゲルニカって、コイツじゃないだろうね?LU$T三合会の一派、青面騎手幇が探してる赤い髪のオンナ」
「……ええ、その人です。私達が極さんに見せてもらった人は」
 那辺がポケットロンから再生したフォトデータに浮かび上がる炎の如き髪の女。B.H.Kからフィクサーを通じて行き先を捕捉せよとのビズを受けた標的。息をのむ煌を見て、皇がはっきりと那辺に答えた。
「当たりか。全く……参ったな。“黙示録の青い馬の騎手”煽って、その裏でなに企んでるあのオンナ。……まてよ、関帝廟か」
 椅子に座り、思考に沈む那辺に、煌は意を決して最悪の想像をぶつける。
「ねぇ、那辺さん。まさかと思うけど同じ時期にレイちゃん、ここの中華街にきてたよね?」
「……ご名答。“紅の瞳”秦 真理(シン・チャンレイ)はカーマインの件に、和合李とLU$T三合会【東青(ドゥンチェン)】や劉 家輝を介して中華最高陰陽議会からのビズ。で、第二の事件に“自分の意志”で少女助けるのに関わってる。両者の事件におそらく関わっているのが」
「アラストールって神様でしょ?」
「飲み込みが速いな、小さい電脳の姫サン。ソレと千早重工統括専務“ゲームマスター”ゴードン・マクマソン。"銀の魔女"とアラストールに組するモノ。後者の関与はアタシが“確認”ずみさ」
 親友を取り巻く事の重大さに気がついたのか、俯き両手をきつく握りしめる煌に、皇が気遣うように肩に手を乗せる。
「その“テープ”に詳細が入ってる、第二の事件に関与したフェニ……あ。不死鳥って連中がどういうヒトらなのか、確証がない。アタシも今回の件に際して、密かに八方手を尽くしちゃいる。だがどいつもこいつも口をつぐむ」
「フェニックス・プロジェクトですか?私も、先輩から聴いたことがあります。『決して彼らに関して報道してはいけない、すれば闇に葬り去られる』と。一説には企業の上層部が深い関与をしているとか。そんな噂じみた組織が本当に?」
 皇が那辺の誤魔化した言葉を受けて、声を極力潜めて問う。
「ああ、実在する。但し、アタシが確証があるのは、第二の事件に関わった全てのヒトらに不死鳥が抹殺命令を取り消してないって形跡だけさ。だから秦は姿を消した、親父サンとアタシの手配で、安全な場所に」
「久遠にその話が届かないようにして、レイちゃんは久遠を護ろうとしたの……でも、どうしてレイちゃんが……?」
「秦は、ヒトツの可能性さ。"S.I.N─Symbol to Immortal Navigator" 適正者とヤツラが呼称する破壊の天使を顕著させる、外れ付きの当たり籤の一人。そして──秦にとって久遠、アンタは彼女の一対の翼が一枚、アタシのにとっての碇と同じさ」
無垢なる久遠によって、傷つき凍りついた心を溶かした秦。那辺によって告げられた残酷なる現実に、久遠は唇を噛む。
「還ってこれなければ、秦の心も間違いなく死ぬ。生命の死と同義だ、小さい姫サン。アタシに秦を永遠に眠らせればよかったと、後悔させないで欲しい。アタシ“も”可能性を望まない」
 誰かの思惑と兼ねたのであろう。強調した部分に皇が気が付き、眉を潜めるのを構わず、那辺はコトバを続けた。
「これから意図を紐解くのに、全ての手段を使う、手配していた糸も使う。足手まといも、ごめんだ」
憤怒が凝固した余りにも冷たいコトバの刃。
 煌 久遠というニューロが、以前那辺が依頼したビズに際して、時折異常ともいえる処理速度を垣間見せた事も、確実に那辺の思考に警鐘を鳴らしつづけ、それが意図的に今回の件に出向かせる示唆を間違いなく那辺は久遠に対して行い、閉ざされ、隠されたネスティスに連なる“扉”を開かせようとする意図を、持っているにも関わらず。
 自らにとってのクラレンスという存在と、秦にとっての久遠が同じように見えた那辺は、あえてソレを放った。
 

「なぁ、極サン。どうして現実は余りにも残酷なのだろうね?は、悪魔の話をしたら、悪魔が来るからか」
 皇のIANUSをサイコメトリーする為に集中に入った極に、那辺はそう問いかけ、手にしたSC-8を軽く、なで。
 先程亡霊を、幻覚を見たのもあってか。
 皇のいう、おぼろげな夢の記憶が自らの失われたヒトとしての記憶に思え──極の“眼”に視えた電脳の歌姫メレディー・ネスティスの姿と、目の前で無常な事実を受け止めて、微かに震えている煌の姿がどうしようもなく那辺の眼にも“同じ様に”重なって視える。
 那辺は、ただ静かに眼を閉じた。 

 Talk of the Devil.and he is sure to appear....悪魔の話をすると悪魔が来る。
 英語の諺。──だが、「悪魔」とは何をさすのであろうか?

http://page.freett.com/DeepBlueOcean/nahen_nova.htm [ No.525 ]


転機

Handle : ”スサオウ”荒王   Date : 2000/10/27(Fri) 02:09
Style : カタナ◎●チャクラ マヤカシ   Aj/Jender : 三十代後半 /男
Post : FreeRance?


”銀の魔女”
 ここに顕れたのはそれ。
 そしてその手に握られている女性。
 傍らに立つ男。
 どれをとっても・・・
 ”並”ではない。
 血が沸き立つ己の中に溢れる恐怖を狂気を。ただくべる燃え立つ闘志へと。
 だが、冷静な部分が告げるこのままでは不利だと。
 自分と同等かそれ以上の戦力を持つ者が目の前に居る。
 単体ではなく複数。
 圧倒的な力に抗するのは嫌いではない。他に道が無いというならそこに道をつくってみせよう。
 だが、今は他にも道があろう。
 相手の力の程の見聞。
 まだそれが不確かであり。十分では無い。
 本当に目の前に立つ相手には勝てないのか。
 それとも一時的な力の流失にそれを見誤っているのか?
 わかりはしない。
 そして・・・・
 頭の中で鍵が外れたかの如くノイズが走る酷く重たく痛い。
 馴染みのある痛み。
 我を忘れぬようにと自ら撃ち込んで置いた暗示の楔。
(忘れていたかよ・・・知らせねばならぬな)
 体は一つ。そして心を己の中でいくつにも分ける。
 そしてその一つが問いかける虚空へ。
(議会の古老どもよ・・・我が心捉えておろう?ここに魔女来たり。如何とす?)
 だが、その問いに対して答えを返す者はない。
 次第に高まる緊張感の中もう一つの心が枷を外す。
 世界を従属させる認識の力。
 言葉を枷とし、言霊を操る力。
 かつて。その魂を喰らい内にとりこんだ鬼の王の力。
(待つか・・・しかけるか?)
 力が四肢にみなぎるまでの間の逡巡。
 そしてその逡巡の時間が大きく場を帰ることになる。
 中空からふってくる杖。
 そして続く声と気配。
(招かれざる客の増える事よ)
 自分の事を棚に上げ。その存在を感知する。五感ではない別の感覚で。
 
 展開される目の前の会話。
 どうやら目の前の人物は銀の魔女殿と面識があるらしい。
 魔女の意識の一部がそこに集中する。
 完全に移ろったわけではない。
 だが、好機!
 
 練り上げた気をそのままに放つ。
 来方の体を通り抜け銀の魔女へとその力が流れ込む。
 命と害意で固められたそれは魔女の体にふれるとどこか虚空へと逃げていく。だが、その全てを消せた訳ではない。ぐらりと体が揺れる。
 黒衣の男。
 ラドウが反応する。だがそれに対しては力を持った一言をぶつける。
「否」
 大きくも重くもない。だが。それは確かに現実を変容させる力を持った言魂だった。
 認識が世界を変えラドウの体を更正される言葉にまで戻すそのはずだった。
 だがその姿は一瞬ゆらいだものの即座に元に戻る。だが、一瞬とはいえ時間が飛んだのだ。その動きには遅れが出ている。
 全てのものの時が一瞬とまった時。
 男は動く。
 神速で。
 銀の魔女の腕の中の少女を奪い取ると天へと向かって駆け上がる。
 分厚い建物の天井も対して意味を持たない。
 その手刀が全てを切り裂き道をつくる。
 ラドウの体から闇が拭き上がり・・・・
 食らいつく。
 片足を闇へと呑み込まれ失う。
 だが、意志は失われない。手にしたものもまた離しはしない。
「ここは退こう。話しはこの小娘から聞くとしよう。主らの口は堅そう故な」
 凄絶な笑みを浮かべるとその場に魔女達を残し消える。
 空の彼方へ・・・・。
 その場に残るのは確かに手傷を負わせたという証左の彼の左足と。
 場を朱に染める血の流れのみ。

 [ No.526 ]


金の鼓動、銀の旋律

Handle : “銀の腕の”キリー   Date : 2000/10/30(Mon) 23:07
Style : Kabuto-Wari=Kabuto-Wari◎ Kabuto●   Aj/Jender : 24/Male
Post : Triunf


「ちょっと遅かったみたいだね」
「その割にはずいぶんと楽しそうじゃないか」
「……さぁ? さて、お客さんだよ」
辺りの通行人が波が引くように逃げていく。気がつけば囲まれている。

(ざっと20人……なめられたものだ)
「始めるか」

黒の、何の特徴もない装束を身にまとった男達が手にしたサブマシンガンを一斉に放つ。
だが、二人はすでに前方に身を投げ出していた。
「どこを狙ってんだ、あんたたち?」
「銃口越しに出会ったことを後悔しろ。あるいは自らの愚かさにな」

そして同時に、銃声が響く。
金色のモーゼルから放たれた炎は前方の四人の男の肩を貫き、銀色のBOMBから放たれた魔弾は3人の男の胸を貫く。

金の鼓動は銀の旋律を奏で、銀の旋律は金の鼓動を昂ぶらせる。
そのアンサンブルは寸分の互いなく黒装束の男たちを薙ぎ倒していく。

(へぇ。予想以上だね……)男たちを神技とも言える正確さで貫きつつ、草薙はキリーの行動をつぶさに観察していた。射撃のスピード、正確さ、戦況の判断能力……そのすべてにおいて、草薙はキリーに満足していた。
(手間をかけた価値があったというものさ)

観察の対象たる銀の旋律は、荒ぶる旋律となって敵を圧倒していた。やがて、旋律が終盤に差し掛かり……終焉を告げる。

訪れる静寂 ―――――― そして、旋律に対する拍手。

「いや、やっぱり早いわ……アンタ。なかなかいないよ、そこまで早いのは」

「よく言う。その早い人間に、後ろから銃を突きつけようとしたのは何処の誰だ?」自然に目が鋭くなる。タバコに火をつけ、紫煙を漂わせ――――
「さて、聞かせてもらおうか。お前が何処の誰で、何の目的があって俺に近づいたのかをな。そして、なぜこの場所に現れたのかを」

静かなる旋律。それでいてなお、強い意志の旋律は来訪者を包み込んだ ――――

 [ No.527 ]


Illuminated Wings “光る翼”

Handle : シーン   Date : 2000/10/30(Mon) 23:59


「以上が極 主水氏という人物に私が依頼した過去の事件、俗に関帝廟爆破事件と呼ばれる事件に関する調査結果です。」
アンソニー・ブラスコという青年の死、カーマイン・ガーベラの復活と死、そしてその背後に見え隠れする影、ゲルニカ・蘭堂という紅い髪の女性。
それらを一気に話終えると、サンドラは深くため息をついた。
それはまるで心の内にある何か恐ろしいものを吐き出したような、安堵の表情さえ見て取れた。
彼女が反応を窺うように助手席のリョウヤを見る。
しかし、彼は何の反応も返さない。
ジッと彼女が提出した事件の調査報告書を見つめたまま、口を開こうとはしなかった。
しばしの沈黙が車内に降りた。
水素エンジン特有の甲高いエンジン音のみが、場を支配していた。
車窓を流れていく繁華街の活気ある景色が、まるでどこか別の世界のようだ。
と・・・
「なぜ、黙っていた。」
リョウヤがポツリと言った。
静かな声音だった。
それがかえって自分を責めているように、サンドラには聞こえた。
「自信が無かったからです。」
「狄の言う紅い髪の女と蘭堂という女性が同一人物かどうか・・・それに、今回の事件に関わりがあるとも限りませんから。」
どこか、落ち着かなげに彼女は答えた。
「それよりも・・この調査結果に対しての警部補の意見を聞きたいんですが・・」
「嘘をつくな。」
サンドラの言葉をリョウヤが鋭く制する。
「この事を今まで黙っていたのは、そんな理由じゃないだろう?」
ピクリとサンドラは体を震わせた。
その態度がリョウヤの質問を肯定していた。
ハンドルを握り、蒼白な顔で前方を凝視する。
まるで、何かから逃げ出そうとするかのようだ。
「オレは警官だ。」
「相手が嘘をついているかどうかは、すぐ解る。」
再び声を落とし、静かにリョウヤは言った。
「怖かったんです・・」
微かに肩を震わせ、サンドラは答えた。
「わ・・私はまだ新人ですが、それなりに経験を積んできたつもりです。」
「殺人事件の現場にも何度か立ち会いましたし、犯人逮捕の経験もあります。」
「警官としての誇りが・・この街を誰よりも愛する気持ちが、私を強くしてくれている・・・そう感じていました。」
「でも・・」
彼女は俯き、何かを耐えるような、苦しげな表情をした。
いつの間にか、車は路肩に停車していた。
「違うんです。この・・この街で今起こっている一連の事件は、私が知っているどんなモノとも、違うんです。」
「得体が知れなくて・・・何か、真っ暗な闇の中をどこまでも進んでいくような、そんな感じがして、不安でたまらなくなるんです。」
顔を上げ、すがるような瞳でリョウヤを見る。
「でも、警部補なら・・・八神警部補なら、こんな得体の知れない事件にも、何かを見出してくれるんじゃないかと・・私達が生きている世界の理に添った理由を見出してくれるんじゃないかと・・そう思っていたんです。」
「お願いです・・何か答えて下さい。」
「何か・・言って下さい。」
まるでそれが現実に戻る唯一の手がかりであるかのように、彼女はリョウヤの腕に手をかけた。
声を震わせ、切なげに見つめる彼女の表情からは、先ほどまで気丈に振る舞っていた警官としての面影などまるでなかった。
期待と不安。
様々な感情の入り交じった、泣き笑いのような表情でサンドラはジッとリョウヤを見つめる。
しかし。
「知らんな・・・」
リョウヤの口から漏れたのは、彼女の期待していたどんな言葉でもなかった。
見る間にサンドラの顔に絶望と哀しみが広がっていく。
「すくなくとも・・“アレ”はオレの知るどんな現実でもない。」
そう言ってリョウヤは前方を指さした。
「え?」
つられてサンドラが彼の指さす方に視線を向ける。
そこには・・
奇妙なモノが、まるで蜃気楼のように浮かんでいた。
丁度、ボンネットの上に浮かぶ、半透明の光り輝く女性のシルエット。
輪郭と顔の表情が微かに解る程度だが、それは確かに人の形をしていた。
幽霊、悪霊。
不吉な言葉が刹那サンドラの脳裏をよぎった。
悲鳴が喉元までこみ上げてくるのが解る。
パニックに陥らないように自制するのが精一杯だった。
一方リョウヤはと言えば、相変わらずの無表情でその面からは何も伺い知ることはできない。彼女とは対照的に、むしろリラックスした風に深くシートにもたれ、ジッと目の前のソレを見つめていた。
もしかしたら、サンドラが言う真実というモノが、彼には見えているのかも知れない。
そんな彼らの前で当の光る人影はまるで幻のように微かに明滅を繰り返しながら、しばらくそこに浮かんでいたが、不意に、まるで頃合い良し、とでもいうかのように動きを見せた。
ゆっくりと右手が持ち上げられる。
その人間的な、女性的な優雅さをもった仕草が目の前に浮かぶこの人影が幻などではなく、ちゃんとした意思をもった存在であるとあらためて認識させた。
そしてソレは彼らの右前方をピタリと指さした。
景観を意識してか、比較的高層建築の少ない家屋の間に神社を思わせる建物が見えた。
「関帝廟・・」
サンドラが呟く。
と、同時に。
まるでそれを了承の意ととったかのように、光る人影は姿を消した。
余韻も何もない、まるで始めからそこに何もなかったかのような消え方だった。
「・・・夢?」
そのあまりの唐突さにサンドラがリョウヤの方を見、言った。
しかし、彼女にはもう解っていたのだ。
これが、そして、これから起こるであろう事が幻などではなく、紛れもない現実であるということを。
そして、それを肯定するかのようにリョウヤが薄く笑った。

 [ No.528 ]


Spirit Link “魂の絆”

Handle : シーン   Date : 2000/11/03(Fri) 22:51


「IANUSV?」
ゴードンは深くイスに腰掛けると、その言葉の意味を吟味するように低く呟いた。
千早重工、最上部の統括専務執務室。彼の趣味で暖色系にコーディネートされた室内は、しかしその主の地位を考えると驚くほど飾り気が無かった。
部屋の隅に置かれた観葉植物の濃翠が唯一の彩りを添えているのみだ。
今、室内には主であるゴードンと秘書のサヤの他にもう1人、人間がいた。
大きな木製の執務机の向こうに、ゴードンと向かい会うように女性が立っている。
淡紫のスーツに身を包んだ若い女性だ。
整った、やや幼さを残した顔立ちに意思の強さを現しているかのようなつり目がちの藍瞳。
長く美しい黒髪は濡れたような艶やかな光沢を放っていた。
やや痩せ気味のきらいはあるものの、それは逆に彼女の可憐さを際立たせていた。
王美鈴。
夏王朝に座をかまえる中国系人種組織“秦旗”。
その長の娘にしてトロン言語学者。
彼女は今、客分として千早に来ていた。
名目は技術研修という事だが実際は違う。
LU$Tに近頃たちこめている謎の霧の実体を調査するために、統括専務であるゴードン・マクマソンが直々に招いたのだ。
「IANUSV・・・それはつまり、例の霧の影響によってIANUSに何らかの変化が生じたということでしょうか?」
「そうです。」
ゴードンの問いに美鈴は簡潔に答えた。
「しかし、それは以前に拝見したあなたのレポートには書かれていなかったと思いますが?」
ゴードンが微かに眉を寄せる。
「専務はまず霧の実体に関する調査を急ぐように、と仰いましたので・・」
「それにこれは最近解った事なのです。」
美鈴は言った。
「なるほど・・」
「で、そのIANUSVに関するレポートは当然仕上がっているのでしょうね?」
ゴードンが再び問う。
「レポートは出来ています・・・しかし、ここにはありません。」
「私の友人、趙 瑞葉が最終的な調査の参考のために持っていきました。」
美鈴は僅かに視線を落とし、そう言った。
その端正な面に微かに憂いの陰りが宿る。
「バックアップは?」
ゴードンが何かを窺うように美鈴を見、言った。
「ありません。」
「ない?」
「それはまた・・随分とつれない物言いですね。もしかしたら何かの代償を支払わないとレポートを見せてはもらえないのですか?」
ゴードンは芝居がかった仕草で大仰に驚いてみせた。
「確かに魅力的なシロモノですね。なんと言ってもIANUSは各企業が血眼になって取り組んでいる分野でもある。」
「そしてそれは他の企業も同じでしょうね。」
美鈴はゆっくりと顔を上げ、ゴードンを見た。
その瞳に挑むような光が宿る。
「レポートをおこし治す事も出来ます。しかし、それには時間がかかります。」
「専務が仰る他の企業の方々にとって充分な時間が・・・」
「ですが・・心配はありません。彼女が趙 瑞葉が戻れば全て解決しますわ。」
「でも・・・」
そこで美鈴は言葉を区切ると痛みに耐えるように僅かに顔を歪めた。
「遅いですね・・・」
ポツリと言う。
僅かな沈黙が室内に満ちた。
ゴードンは何かを観察するような冷めた眼で美鈴を見、美鈴は蒼白な顔を僅かに強ばらせその視線を受け止めた。
巨大な手が今にも自分をつまみ上げ、どこかに放り出すのではないか、そんな予感に彼女は身を震わせた。
まるで盤上から不要な駒を取り除くように・・
そして・・
「解りました・・・誰かを迎えにやりましょう。」
ゴードンが軽く肩をすくめ、言った。
そのあまりのあっけなさに、美鈴は微かな脱力を憶えた。
それを見たゴードンが眼を細め、口元を緩める。
イヤな笑い方だ、そう美鈴は思った。
まるで全てを見透かしたような、そんな笑い方だと、そう思った。
「夕食の用意をさせましょう。」
彼は最上級の賓客をもてなすように言った。
「きっとお疲れでしょうからね。」
「ええ・・“一流のシェフ”をお願いしますわ。」
美鈴は答えた。
その様子を冷めた眼で見つめ、ゴードンは言う。
「あなたの優秀な助手が仕事を終えて帰ってくるのですからね。最高の設備と、一流のシェフを用意しましょう。」
美鈴は俯くと眼を閉じた。
瑞葉がどこか不器用な微笑を浮かべ、こちらを見ている、そんな気がした。
深く息を吐き、顔を上げてゴードンを見た。
「違いますわ・・専務。」
微笑。
暖かな、懐かしむような笑み。
「助手ではありません。友人です。」
「私の大切な友人です。」
美鈴はまっすぐにゴードンを見つめ、言った。

 [ No.529 ]


甘い夢の終わるとき

Handle : “ツァフキエル” 煌 久遠   Date : 2000/11/07(Tue) 02:18
Style : 舞貴人◎ 新生路=新生路●   Aj/Jender : 22,Female
Post : カフェバー“ツァフキエル” マスター




 少しだけ、極が皇の首筋に触れる。
 露出したスロットと極の指の間に小さな花火が疾ったのは、見ていた三人以外にも、
 皇本人にも感覚でわかった。
 少し勝手が違うのか、先程より難しい顔をして慎重に進めようとしている彼の様子に、
 久遠は小さく呟く。
 「・・・・記憶、かぁ・・・・」
 その言葉の中に含まれた響き。言った本人にも気付かなかった「ソレ」に、那辺は
 わずかに眉をひそめて、視線を向けた。
 「記憶がどうかしたかい、小さい姫サン?」
 「え? どうして?」
 きょとん、と聞き返す久遠。那辺は表情も、視線の先も変えない。
 「姫サンの言葉が何か・・・・そう、懐かしそうに聞こえたからさ」
 懐古。羨望。切望。諦観。無意識に含まれたその色を、人の時間を外れてしまったが故に
 手にした能力が見逃さなかった。
 まっすぐ見つめる那辺の視線に、少しだけ困ったような照れたような微笑みを久遠は浮かべる。
 「あたしね――――記憶喪失なんだ」
 ゾクリ、と。見えない冷たい手が頬を撫でたような感触に那辺は一瞬、囚われる。
 「七歳から前の記憶がないの。おとうさんが言うには雨の中で倒れてたんだって」
 拾われっ子なの。そう言って笑う久遠のその笑顔に、那辺は手の中の汗に濡れた感触を
 気付かれないように拭う。
 「姫サン、それじゃアンタの・・・・ニューロの技術は、誰から教わったんだ?」
 「・・・・・わかんない」
 「・・・・・解らない?」
 「知らないけど、使えたの。お父さんも、初めて見たとき驚いたって言ってた」
 「つまり、ソレは――――――」
 思わず口について出そうになった言葉を飲み込んで、一拍間を置いてから那辺は久遠に向き直った。
 「・・・姫サン。アンタの血を、少しだけ貰えないかな」
 「久遠の・・・? どうして?」
 「アンタの失われた記憶を探る」
 静かに放たれた言葉に反応したのは久遠だけでなく、極と皇も同様だった。
 「・・・・那辺さん、それは――」
 「極サン、少し待って貰えないか? ・・・どうしても今すぐ確かめてみたいことがある」
 すでにそれは問いかけではなく、強制。
 「――――――わかりました」
 その言葉に、履歴探知に集中を向けていた極が、一度その手をおさめる。
 「皇サンも悪いね。・・・出来うるだけ不安要素は、排除しておきたい」
 過去視の平行実行は、別の術者同士が行うのは不可能ではないが安全でもない。
 同空間、同時間軸で互いに垣間見る径への遡るというその影響がどのように作用するか解らない。
 だがあくまで広範囲の儀式的な施術ではなく、対象が目の前におり、その神経細胞の途切れた部分を
 補完する形の術の行使なら、想定不可能な状況にはなりえないはずだと。
 そのことと。別の意味も含めたその言葉に、皇は僅かの沈黙の後に頷いた。
 「はい、そういうことなら」
 つい、と視線を久遠に戻す。先程までの笑顔はなく、その顔には明らかに怯えが見えた。
 「姫サン」
 うながすように向けられた言葉に、ビクリと久遠は肩を震わせた。
 ――――――怯えている。何に?
 「・・・・・・ど・・・・・して?」
 引きつり、掠れて紡がれた弱々しい声に、那辺は弥勒の中で眼を細める。
 「アンタの過去がどんなモノだろうと関係ない――と思っていたが、事情が変わった。
  アンタの技術に情報収集を頼るなら、その“モト”を洗っておくべきだろう?」
 肩を震わせて、小さく頭を横に振る。久遠の瞳には、涙が浮かんでいた。
 「・・・・・や・・・・」
 「アンタには、知るべき責任がある」
 「や!」
 「久遠!」
 叫んで、那辺は強く肩を掴む。
 嫌がる久遠の顔をこちらに向けさせる事が出来た那辺はそのまま瞳を捕らえて言葉を紡いだ。
 「アンタは強くなると約束したんだろ!アンタ自身が決めたんだろ! なら、その事に自分から
  目をそらそうとするんじゃない!」
 一息吸い込んで、強調するかのように那辺は言い放つ。
 「アンタは秦やネスティス――アンタの大切な人間みんなを裏切るつもりか?!」
 びくん!
 久遠の体が大きく反応する。しばらくの静寂の後、惚けた子供のような表情は変わらないまま、
 ぽろぽろと涙だけが零れ落ちた。
 「・・・約束・・・したの」
 「煌さん・・・・」
 「みんなと・・・・自分と約束したの。ちゃんと歩くって。前を見るって。助けてほしい時は素直に言うけど、
  できるだけ自分の足で歩いていくって。みんなの――――自分のために、生きていくって・・・」
 「・・・・・・・・・」
 「約束――――――したの」
 表情は変わらず、ただ涙だけが流れていく。極が困ったように、躊躇いながらその小さな身体を胸に抱いて背中をゆっくりとさする。
 その途端、まるで小さな子供が親にするように久遠は極にしがみついて大きく泣き出した。
 極はさらに戸惑ってしまい、数秒たっぷり困惑した後、彼女の小さな身体を優しく抱きしめて落ち着くのを待った。ただ、辛抱強く。
 その様子を見ていた皇は、ポツリと呟いた。
 「・・・皆の慈しみを受けて。不幸の影もないようでいて・・・でも、誰よりも不安で孤独だったのは彼女なのかしら・・・・」
 那辺は応えない。シガーの煙を、大きく吐き出す。ため息のようだと、皇は思った。
 シガーを乱暴にもみ消すと懐から三鈷杵を取り出し、那辺は泣きやんだ久遠を視線でうながした。
 「さ、姫サン。手をコッチに貸してくれるか?」
 ごしごしと目をこすり涙を止めた久遠が、手を差し出すと那辺はそのてのひらを取り、指の先に軽く三鈷杵を突き刺した。
 わずかにあふれる血をうやうやしく口づけて、甘美なモノを飲み干すように那辺は喉を咀嚼させる。
 血による縁──血縁──を結び、術を強化、左手での結印による編成。
 「アンタの記憶を繋げる。識る、受け止める覚悟は?」
 「──うん」
 柔らかいてのひらを離し、微かに、しかし力強く久遠は頷いた。
 その額に、那辺は三鈷杵をテーブルに慎重におき、手袋をはずした白い右手をのせ、眼を閉じる。
 知覚、嗅覚、聴覚、味覚を順に認識化から遮断し、額に触れた触角と“第三の瞳”に意識を集中させた。
 那辺の肩と背後に待機していた護法童子が二人の左右に動き、索を二人の周囲に投げ、金剛輪をまわし簡易の結界と暗示を繰る。
 普段知覚出来ないその霊的従属物の姿を確かにみている自らに、皇は自らの目を疑った。
  
 視覚に残る泣き続ける少女の姿に、別の少女の姿が重なる。全てに純粋に反応していた、あの頃の。
 術の根幹を少女に解いた、やさしい導師の頭に乗せられた、てのひらの感触を思い出し。
 目の前を微かにけぶる白い闇の中に、那辺は自らの忘れ去った遠い時間を見た。

 そして、第三の瞳が再び開かれる。
 切り離された神経をつなぐように、閉ざされた甘い夢の残滓を超えて。

http://plaza.across.or.jp/~ranal/master_nova/quon_nova.html [ No.530 ]


Memory:02 記憶 ―――――― the ICE of MOONLIGHT

Handle : “ツァフキエル” 煌 久遠   Date : 2000/11/07(Tue) 02:20
Style : 舞貴人◎ 新生路=新生路●   Aj/Jender : 22,Female
Post : カフェバー“ツァフキエル” マスター





――――――闇の中で、光が浮かび上がる。
横長の長方形に映し出された光は、時折ノイズを走らせた。
底辺に少しだけ流れる耳障りな雑音に相反して、淡々と話を映していく。
煌 久遠という少女が封じた、遠い昔の物語を。

切断された光を紡ぐ、閉ざされた記憶をなぞるその過程で。

=========================

__
▼_________軌道上BIOS研究所


 「・・・・・経過は?」
 「電流刺激への反応間隔が短くなっています」
 「使い物にならない―――――か」
 「担当医療団の意見ではX廃棄を提出しています」
 データを検証していた男は、僅かに不満げに鼻を鳴らす。
 報告をしている男とも白衣を着用しているためか、その白く広い空間はひどく無機質に映った。
 「アレが一番実験対象として観察意義があったのだがな」
 バサリ、と男は乱雑にファイルを机上に放り投げる。個人データの他に各所に書かれた書き込みは、
 彼の言う『実験』の壮絶さを物語っているようだった。
 「薬品汚染度・・・測定不能か、能無しが。・・・まぁいい」
 対応意見として提出されたデータに認可処理を与える。
 その、さして戸惑いも躊躇もなかった行動に、一瞬報告に来た男の方が逆に困惑した。
 「・・・ですが、それはあくまで提案意見です。
  土御門SVの御令嬢である彼女ならまた別の対処方法が―――――」
 「如月主任」
 ぴくり、と如月と呼ばれた男の手が反応する。その手はじっとりと汗ばんでいるのに、口の中はカラカラに
 乾いているのが妙に自分でもおかしかった。
 「X廃棄なら、生命反応が無くなる前にデータ収集対象としてまだ利用価値はある。
  汚染によってその肉体がダーム・ディー培養液に分解されるほどだとしてもな」
 カタン、と静かに男が椅子から立ち上がる。日系の顔立ちをしているが、どこか西洋的な雰囲気が
 彼の立ち振る舞いの中にあった。
 「・・・あれだけの情報を提供して、なお我々の実験に貢献してくれるなど・・・
  我が娘として、充分すぎるほどの『対処』ではないかね?」
 如月は応えない。土御門と記された胸のプレートと同じ冷たい光が、彼の蒼い瞳の中に宿っているのを
 あらためて認識してしまったために。


__
▼____________________同研究所内医療区間特別治療室


 「――――――逃げるのよ」
 目の前で自分の肩を痛いほど掴む女性の台詞を、少女は理解できなかった。
 「何故ですか?」
 「あの人は、あなたを殺そうとしているのよ? 実の娘であるあなたを!」
 「私は薬品汚染によりこれ以上の実験の続行は不可能だと医師団が判断しました。
 故にこれよりX廃棄。肉体分解でのデータ収集を命じられています・・・シフォル博士」
 その静かな言葉に、女性は絶句する。
 齢六、七歳程だろうか。入院服のような白い簡素な服にスリッパ。
 胸からかけている銀のプレートが重い影を落としている。
 銀の髪に紫の瞳。西洋人形のような顔立ちは、彼女の成長した姿を知る人間なら驚くほど(または予想通りに?)
 その面影を残していることを知る。
 「博士には実験中主にメンタル部分でのケアを担当していただきました。
 廃棄前に土御門SVが博士への面会許可を下さったので、こうしてお訪ねした次第です」
 年相応の僅かに舌足らずな声が、年に合わない言葉を冷たく静かに紡ぐ。
 そんな自分のたった一人の娘と、娘にこうした台詞を喋らせる自分の夫と、それに対して何もできない自分に
 世界が揺れているかのような目眩を覚えて、シフォルは瞳を閉じて額に手を添えた。

 実験―――――それは開発中の新薬反応の実験だった。
 開発コード「ヘルゼーエン(Hellsehen:千里眼)」という名の生体投与用薬品は、脳の活性化を促し、
 情報統括能力、ロジック解析能力、ウェブ高速アクセス技術等々・・・。“BABY”という形を取らずに、
 ヒトの形を保ったまま、人間の処理能力の限界を超える為の、情報操作能力を上げる薬だった。
 “BABY”は肉体から切り離されて管理されているが為に、モノによってはそれこそ軍事用トロンを
 上回るモノもある。だが、その特殊性のため運搬や配置に手間がかかりすぎ簡単に使えないことが難点となる。
 ヒトの肉体を持ち、移動能力を保持すればその問題点は解消される。僅かにサイバーが入っただけの
 ほぼウェットに変わらない身体なら、義体のようにセンサーにかかることも、莫大な費用を投入することもない。
 「ヒトとしてのバイオトロン」を作り出すための薬。それが現在土御門が主に関わっている開発だった。
 脳の成長による制限のため、子供にしか適用できないとわかった彼は、僅か三歳であった自分の娘を
 実験対象として採用し、まるでそれに応えるかのように娘である彼女はハック能力、薬品反応値と異様ともいえる高度反応を示した。
 だが、ある日身体の不調を訴え、医師達が見た時にはすでにその身体は薬品の副作用とも呼べるべき蓄積汚染により、
 手の施しようがないほどまでに汚染されていた事が確認。廃棄処分決定が下された。
 シフォルは妻として、母として実験投入にも廃棄処分対処にも反対したが、研究中に倒れ医療区間からの外出を禁じられた以上、
 こうして時折面会するぐらいしか彼女には許されてはいなかった。

 「・・・・・博士? 御気分が?」
 遠ざかりかけた意識が、少女の言葉によって引き戻される。表情の変わらない幼い顔が、目の前にあった。
 「面会を終えられますか?」
 淡々と紡がれる言葉に、女性は大きく振りかぶる。
 「いいえ・・・いいえ、いいえ! ――――あなたに、廃棄処分前に別に命令します」
 少女達のような『実験対象』にとって、彼女の父や母、医師団などの研究者達の命令は『絶対』に当たる。
 無言でそれを待つ彼女に、シフォルは静かに言い放った。
 「出掛けます。私についてきなさい」
 「どちらまでですか? 博士は区間外に出ることは禁止されています」
 その応えをあえて無視して、女性は少女の手を強く握って部屋を出た。


__
▼____________________同研究所内特殊区間保管倉庫


 目の前に並んでいるのは緊急用の脱出ポッド。しかも地上までの耐久性のあるものではなく
 別コロニーへの一時避難用によく使用される簡易ポッドだという事は少女には理解できた。
 しかし、何故自分がここに連れてこられるのかはわからない。彼女が博士と呼ぶ女性は、
 時折身体をふらつかせながら何かデータを入力している。
 プシュン・・・と、空気の抜ける音と共に目の前のポッドの一つが扉を開いた。
 「これに乗りなさい」
 「博士・・・?」
 「地球(ホーム)にいきなさい。逃げて・・・・生きるのよ」
 「しかし」
 博士が瞳で言葉を制したため、少女は口を閉ざした。
 シフォルはかがんで少女と同じ視線になり、自分によく似た面影を持つ彼女の頬を、そっと撫でる。
 「・・・・ごめんなさい。謝っても、許してなんかもらえないでしょうけれど――」
 抱きしめた小さな身体。確かに生きている温もりに、涙が一つ零れた。
 「幸せに・・・愛されて、愛して生きていって頂戴。私達のことは忘れて・・・」
 「・・・・・・・・・・・」
 「パパとママを許してね――――――」
 娘の名を呟いて、その身体を思い切りポッドに突き飛ばして、準備完了と同時に脱出させる。
 後ろで扉が開く気配に気付きながら、満天の星空に向かう流れ星を見つめたまま、彼女は動かなかった。


 ・・・闇に目が慣れてくると、少し上の方に覗き窓があるのがわかって、少女は身体を寄せた。
 遠ざかる場所。先程までいた部屋の窓に映る情景。
 母である女性が倒れ・・・その向こうには男が立っていた。少女が知っている研究員ではない。
 黒い服の首袖にある、朱金の鳥――鳳凰だろうか?――の光が妙に瞳に焼き付いた。
 男の視線と、少女の視線がほんの一瞬ぶつかった。けれど、すぐに認識できなくなるほどに景色が遠ざかる。
 初めて感じる、言いようのない感情に彼女は連れてきていた子犬型ミューペットを抱き寄せて丸くなり、瞳を閉じた。

 最後に映った光が、月夜の拾った氷のように少女には見えた。


=========================


光が閉ざされ、急に周囲が黒く塗りつぶされる。
闇の中、カタカタとフィルムのない映写機のまわる音が響く。
現に戻ろうとする那辺の意識には、ひどくそれが空虚に聞こえる。

律は、径はいつでも無常なものだと――――――
砕け散った"ice"の燐片を溶かして那辺は認識を現世に移行し、目の前の“生きている人間達”に視た全てを語った。


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神の火(1)

Handle : シーン   Date : 2000/11/07(Tue) 02:32


▼LU$T中華街 "祥極堂 店内" 18:03

「なぁ、極サン。どうして現実は余りにも残酷なのだろうね? は、悪魔の話をしたら、悪魔が来るからか」
 皇のIANUSをサイコメトリーする為に集中に入った極に、那辺が問いかける。乾いた時計の音が静かに聞える程に静まり返った店内に、4人の静かな呼吸の音だけが聞えた。
 那辺の視線を正面から受け止めながら僅かに口元を歪めると、極は皇の額の辺りに翳していた両手を逸らして呟いた。
「北米に古くからある諺ですね。似た様な思想は実に古い時代から東洋にもあります」逸らした片手で首筋の辺りに手をやりながら、極は言葉を続けた。「_______ですが、その悪魔とは一体何を指し示すのでしょうか?」
 皇の言うおぼろげな夢の記憶が恐らく指し示すであろうその先に、自らが捨て置いていた過去の存在と似たような香りを感じ始め、一連の出来事が他人事の様に思えず、今の時点になるとそれは彼にとっても大きな事実となっていた。

 極は呟いた。
「物事の最初の段階には、始まりと終わりがあります。言うなれば光と闇、言葉を変えれば陰と陽とも言えるのかもしれませんし、天使とあくまでも結構ですし、そこまで広げるなら曼荼羅でも結構です。 その始まりや終わりの前後には我々の尺度は及びません。そうであるからこその陰陽、終始、明暗なのです。
 我々が求めることを始めれば、それは始まりであり、その誕生と共に終わりが生まれます。そういった最初の極から、更に物事が分かれ・・・その先には、那辺さん・・貴方もご存知の四像から八卦、そこから更に大きな極へと変容します」
 流れるような動作で両手を使って象形を描くように極の両腕が中を動き回る。
 それは、那辺には見慣れた四像八卦の像と重なり、皇には複雑な腕の動きから四方を囲む図形が垣間見え、煌には珪素のインゴット______純結晶に描かれる回路図の様に映った。
「物事の終わりと始まりのバランスは一つの流れです。しかしその流れが大きく向きを変え始める出来事が起こりました。その始まりの幾つかには貴方方も何らかの形で出会って来たと思います。はっきりと申し上げるなら________関帝廟での事件と、その後に起きた跳躍です」
 既にその言葉の意味を知っている那辺や皇、そして煌にはそれが関帝廟におけるカーマインの事件、そしてもう一つが適合者_____バージニア・ヴァレンタインを巡る事象(時間)跳躍を巡る事件だと理解が及んだ。無論、その情景をマイクロ波を通して見つめる黒人も同様だった。
 僅かに苦笑いする那辺、それを正面から見据える極を交互に見ながら皇と煌は口を挟まずに会話に聞き入る。黒人は身動きもせず、カメラの構造体を通して見つめつづけた。
「元から一つの流れがあるのであれば、それには意味があります。しかし先ほど話した事柄意外にもこれまで実に多くの、いわば流れに逆行するようなヒトの試みが行われたことは歴史に残る事実です。私は__________【災厄】すらもその一つだと感じています」
 那辺が溜め息を漏らし、皇は眉を吊り上げ、煌はカップをソーサーに置く。しかし、極は構わず言葉を続けた。
「ですが、今問題なのはその災厄の始まりを議論することではありません。このLU$Tを中心として頻発している霧に絡んだ事件です」

 しまっていたものを吐き出すように、極は矢次に言葉を紡ぐ。
 その話は、まず過去にLU$Tで起こった幾つかの事件、そして霧が発生してから各地で起こった奇妙な出来事や猟奇殺人の発生した場所、終いには彼がその流れに観るビジョンにまで及んだ。
 だが、その中でも極が眉を顰めて説明を付け加えたのは、意図的な流れを感じる状況展開についてのくだりだった。
「那辺さん。貴方が言うようにナノマシンを使って霊的な場のようなモノを作り上げる技術があるかどうかは別として、霊(たま)降ろししたんじゃないかという意見には賛成です。私を含めてLU$Tに住む数多くの人々が、いわゆる霊体を目撃したのは疑い様の無い事実です」極は再度空中に像を描く。「事件が起きた場所を位置的に見ると【像】を結びます。ただの偶然かもしれませんが、その描かれた像はまるで術を施した陣の様に見えます」
 今度は極は見えやすいように、テーブルの上に年代モノの古地図を広げてペンでその個所をなぞり始めた。次第に古地図に穿たれる印-しるし-を増やして行く局の指の動きに合わせて、今度は皇が驚きの声を上げた。
「・・・これって、以前に見たことあるわ。災厄前から活動が続いていると言われているミレニアムの取材を続けている時に、一度だけ非公開の資料で目にしたことがあるわ。三田サンが整理していた資料だから信憑性はあるとは思うのだけれど__________もし、見間違えでなければ、その像・・・いいえ、象形はフォーリング・エンジェル。堕天使召還にカタチが似ているわ。 でも___________」
「でも?」
「__________でも、なんだかちょっと形が違うわ。私の・・・記憶間違えでなければ。御免なさい、私・・・その手の知識に専門性があるわけじゃないから」
 煌の視線に答えるように皇が肩を竦める。
 でも、確かにこの象形は以前に見たことがあるわ。そう心の中で呟きながらも記憶にあるカタチとはどこか違うその形状に、皇は何か引っかかるものがあった。
「私も_______」
「私も_______」
 今度は、那辺と煌が同時に口を開いた。煌に那辺が目配せをする。
「あのね、さっき極さんが曼荼羅って言ったじゃない? でもその象形って、実は物凄く私達の身近にもあるのよ」
「何処にだ?」那辺が眉を顰めて声をあげる。
「回路よ。 でも、何でもかんでもという訳ではなくて、珪素のインゴットに刻まれる超高密度な回路にだけ当てはまるの。いわゆるチップにもそれが含まれることはあるけれど、より多くその象形を内包するのは・・・」煌が思案顔になって指を口に咥える。やがて目を見開きながら、彼女は椅子から立ち上がった。
「ニューラル・ブースターよ」
『________ニューラル・ブースターだ』
 LU$T都市構造体の層に浮かぶ黒人が、マイクロウェーブカメラの構造物に映し出された皇と同時に口を開いた。
 そうか・・・だから、か。
 黒人は暫し意識を自我に飛ばした。IANUSに______無論それだけではないのだが、何か気がひっかかっていたのはこれだったのかと、自らが納まる義体をフリップフロップして見つめながら口元を歪めた。
 黒人は、頭を振って構造物へ・・・店内に視線と意識を戻した。
 
 煌は言葉を続けた。
「あのね、皇さんはマスコミの方だからよく知っていると思うけれど、電波障害ってあるじゃない? 回路が複雑になってその密度が増すたび機能性は飛躍的に向上するけれど、構造としての回路もより複雑になって層を成して行くのよ。でね、その集大成ともいえるモノが、いわゆる私達が普段から利用しているトロン系機器にはほぼ例外なく積まれているの」
「______チップね。多積層方集積回路。バイオチップやニューロンチップもいわゆるそれの亜種よね」
「そう」
 皇の台詞に得意げに煌は頷く。だが、その笑みも視線が極と那辺に戻されると徐々に消えた。
「問題なのは、その構造がより複雑になればなるほど普段意識もしない様々な要素から影響が及ぶ可能性が高くなる・・・。つまり、超精密な分、異常なほどデリケートなの」
 極と那辺の深刻な表情に押されてうなだれた煌を支える様に、皇が言葉を継いだ。
「でも干渉と言う意味での影響なら、ハード・ソフト双方の面から対策がとってあるんじゃない? だからこそ私達の肉体の深いレベルまで浸透するニューラル・ブースターとして企画が出来上がるに至ったと言える訳だし」
「でも、カタチというか・・・象形が似ているっていうのは、気持ち悪い符号だわ」
 煌と皇が互いの言葉に打ちのめされたように、僅かに項垂れる。
 また店内を無言の4人の呼吸と、古ぼけた時計の時を刻む音だけが満ち始めた。
「______なるほど、そこまでの話はわかったよ」
 じゃあ次はアタシの番だと呟きながら、テーブルを囲む面々に向かって那辺が少し前屈みに姿勢を正す。
 手にはいつの間にやら側の棚の隅に置いてあった保存用の炭の欠片を握っている。
 那辺は極の広げた古地図に素早く印に対応するようにあまり普段見かけない記号やら文字やらの様々な象形を書き込んでゆく。暫くたつとやがてそれは大きな・・・テーブル上の降る地図では数十センチの大きさだが、実際の尺度では数キロから数十キロに及ぶ巨大な術式図に、姿を変えた。
「さっきまでアンタ達が話していた象形ってやつだけれど、私らが知っている馴染みの表記法で描くとこうなるんだ。・・・とはいっても、地図に記された猟奇殺人や奇怪な事件の場所を意図的に結んだと思われてもおかしかないと感じるかもしれないが______」
 那辺の言葉の後に、皇が目を細めながら呟く。
「_____なんだか、あれですよね・・・こうして書き込みを前提に地図を見ると、逆十字にも見えなくも無いですね」
 皇の言葉の後にテーブルを囲む全員が、視線を古地図に集中する。
「言われてみれば・・・」
「そう、見えなくも無いですよね」
 極と煌が皇の言葉に静かに頷いた。
「ここに秦真理や術に覚えがあるやつがいれば、更に見覚えがあると言う言葉が出てくるんだが____」那辺はテーブルから扉のほうを見つめながら言葉を続ける。
「これは、八卦炉と呼ばれる術式の亜種だろう。恐らく、本来八卦炉が持っている【転換・昇華】とは別の、何かの術を持たせているんだろう
 だが問題なのは、じゃあどんな風に八卦炉と異なっているのかだが・・・」
「この術式では、幾つかの要素が本来あるべき構造の逆向きになっていますね」
「え?」
 極の言葉に皇が空かさず疑問の声を投げかける。
「通常あるべき構造の逆になっています。通常八卦の流れでは物事の営みには左回りの流れが生まれます。しかし、その幾つかの要素が逆向きの為に方位が向きを変えて、陽の流れを持つ八卦炉が、恐らく負の気を帯びた術式に姿を変えているはずです」
 詳しいじゃないか、という少しばかり驚きの表情を浮かべながら那辺が見つめる。
「つまり、元々プラスに働いていたものをマイナスに作用させるって事ですか?」
「そう。つまり、負気を取り込んで起動する術式になるということさ」
 皇に那辺が言葉を返すと、極が項垂れた。
「このような術を見るのは理論上は理解していも、実際に見るのは初めてです。中華陰陽最高議会の許可も無しにこのような巨大な術式を描くこと自体が、本来は禁忌-タブー-の類です。しかし、亜種とは言えどこれほどの術式を描く人物は相当高位な術しでしょう。まるで、特異点の反転現象を意図的に起そうとしているような・・・」
「・・・だな。更に問題なのは、この亜種では本来のカタチを逆転させる為に、いわば方程式の様に精密で決まった法則が敷かれた構造に空位を挿入していることになります。つまり、別の構造を納める殻を入れ込んでいるわけです挿げ替えですね。言い換えると______」
「言い換えると、変数のようなもの?」
 極の言葉に、今度は煌が言葉を挟んだ。
「・・・そうとも言えますね。私的に勝手な推測で那辺さんが描いたこの術式に意見をつけるなら、これは非常に凶悪な類のものですね。本来ならマイナスや無そのものを転じてプラスへと括る術式が、いわば限りなくマイナスに近い要素・・・そうですね、業や因縁、魔を生じさせて放出するわけですから、実に恐ろしい。
 もし、意図的にこの亜種を生み出しているのであれば、空位の殻に何を納めているのかにもよりますが、術が集める要素の量や深度に比例して強大になります」
「_____極さん、アンタはどのくらいの格を見る? その術式に」
「そうですね・・・・」
 極が腕を組んで眉を顰めながら古地図を睨む。
「・・・もし、本来の八卦炉とは別に、さっき皇さんがいった逆十字の象形の要素を組んで考えるのであれば、相当の術師を幾人集めてもってしても、下がらせるのに厄介な存在を生み出しそうな気がします」
 言い終わった後も腕を組んで顔を顰めている極に気がつき、皇が声をかける。
「極さん、どうかしたのですか?」
 目を細めながら極が皇を見つめる。やがてゆっくりと視線を那辺に移し、煌と交互に見つめながら呟いた。
「この術式の空位の殻に意志をもつ存在が入ると・・・霊殻になります。術が天を昇る龍になりますよ。 それに、最後の問題が贄-にえ-ですね」
 極の言葉に、那辺が驚く程の速度で椅子から立ち上がる。
「_____そうか! もし、贄の問題を解決する為にこの猟奇殺人や事件がおきているのだと仮定すれば・・・」
「ここまでの、全ての辻褄が、あくまで想定のレベルですが筋が通りますね!」
 皇の言葉に全員が頷く。
 だが、極の表情はまだ曇ったままだった。
「しかし・・・これだけの事件がおきているということは、いわばもう既にこの術式が起動を始めていると言う事ですよね。となると、今からこの術式をくみ上げた人物を探し出しても意味が無いとは言いませんが、根本の解決にはならないのかもしれません。
 もしかしたら__________________________」

http://www.dice-jp.com/plus/china03/ [ No.532 ]


神の火(2)

Handle : シーン   Date : 2000/11/07(Tue) 02:38


▼LU$T リトル・カルカッタ PM6:05

 天井から落ちてくる残骸から素早く身を逸らせながら、風土が口元を僅かに歪めながら、目の前の女・・・エヴァンジェリンと長身の男へと言葉を紡ぐ。
「・・・さっきの旦那が連れて行った女性、それにこの教会だけじゃない。LU$Tで起きている猟奇事件はあんた等の仕業かい?
 どれだけ【贄】が必要な術をやろうとしているのかは知らないけれど、邪神が生じる前に僕らが見つけた贄や術だけは解かせてもらう」
 風土が右手の人差し指で、二人を指差しながら歯を噛み締めた。
「いや、そんなんじゃ生ぬるいのかな。生じる位なら、そんな要素は除去してやる。それともこんな場所にあんた等がいるって事は、もしかして術の殻に自分達を納め込んでから起動させ直すつもりかい?
 もしかして__________自分達を、神や天使に置き換えるって言うんじゃないだろうね」
 風土の言葉にラドゥと呼ばれた長身の男は無言で肩を揺らして微笑み、エヴァンジェリンは溜め息を漏らした。
「_______貴様の名は?」
「来方風土だ」
「その察しの良さに免じて、生かしも殺しもしないで今は忘れてやる。悪いが、この骸達は我々が用意した舞台ではない。それに__________」
「それに、この霧も俺達が用意したものじゃナイ」
 風土は突然背後から教会の講堂に響き渡った男の声に、驚いて視線を向けた。
 いや、正確には驚いたのはその声に聞き覚えがあったからだった。
「風土・・・だナ?」
 目の前の男______以前に一緒に戦った男が目の前にいた。風土は怪訝な視線を返した。
「アンタ________」
「悪いが時間が無いから手短に言うゾ。この惨劇も、その大元だと言われている霧も俺達が用意したものじゃない。むしろその根源を追っている立場だ。
 風土・・・オマエが言うように、術はもう既に起動を始めている。空位の殻の存在までは既に俺達も気づいている」
「シンジ!」
 エヴァンジェリンの鋭い声に、鼓膜が震えるのを風土は感じた。
 だが、シンジは片手でそれを遮った。
「いいじゃないか、エヴァ。もうそろそろ頃合だ。 別に今、こいつ等と近い場所にいても問題は無いだろう。手は多い方がイイ・・・それに今は、理屈を捏ねている暇は俺達には無いだろう? ラドゥ?」
 振り返った風土を前に、ラドゥはシンジとエヴァンジェリンを交互に見つめて鼻を鳴らして笑った。
「______面倒な話だ。エヴァンジェリン・・・君に任せるぞ」
 その台詞が終ると同時に、風土は足元と視界を激しく揺らす振動と轟音に襲われ、思わず片手と膝を床に突いた。
「何だ?!!!」
 まるで直下型の地震に襲われたように建物の照明も揺れていた。
「_____始まったのさ・・・宴が」
 ラドゥと呼ばれた男が自らの足元にある照明に照らされて出来た影に沈みながら姿を消して行く。
「やるのなら、手早くな」消え入るような声を残し、まるで日の光に照らされて影が消えるかのように、その姿を消す。
 シンジはゆっくりと風土の近くに寄ってくると、静かに言った。
「こちらの・・・いや、そちらの思惑の是非を問うことは今はしないでおく事にスル。今の地震を感じたか? 感じたのなら、おまえも能力者の一人なんだナ。
 ・・・神災を、また引き起こしたくはナイだろう? 暫くの間、手を組まないか?」



 Talk of the Devil.and he is sure to appear....悪魔の話をすると悪魔が来る。
 英語の諺。──だが、「悪魔」とは何をさすのであろうか?

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錠前

Handle : ”スサオウ”荒王   Date : 2000/11/10(Fri) 01:34
Style : カタナ◎●チャクラ マヤカシ   Aj/Jender : 三十代後半 /男
Post : FreeRance?


古くさい匂いのしそうな路地裏。
 何百年もそうであったかのようにその歴史を感じさせる佇まい。
 だが、ここはそれほど古いのだろうか?
 そうとも言えない。
 この街が生まれてからここに出来たのだ。
 だからこの街自体よりはほんの少し若いだろう。
 それでも随分と年寄りであることにはかわらないけれども。
 そこに彼は来ていた。
「追っ手は・・・・撒いたようよな」
 当たりに嫌な気配は感じない。もっとも遙か高空から監視されているというのならば。それを察知する術は基本的に存在はしないが。
 ”議会”の箱庭にそのような手を伸ばして無事にすむほどの豪の者がどれだけいるだろうか?
 ”心配”を杞憂と笑い、振り払う。
「やれやれ。風雨の化身と呼ばれや方が酷い有様ですな」
 声をかけてきたのは漆黒で統一された中華風の衣装を身に纏った老人。白髪と長い髭でその顔のほとんどは伺い知ることはできないがその瞳には怜悧であると同時に深い洞察と優しさを含んだ光が確かに灯っている。
「”老”か。紅家の家老がおでましとは。随分と速い展開ではないか」
 そう応える男の姿は確かにぼろぼろだった。
 もとは純白だった白装束は首筋。右肩。左足。そのどれもが血にまみれ、特に左足などは五体としてまともに役にたっては居ない様子だった。
 だが、男は立ち。同時にその肩に一人の女を担いでいる。
 リトルカルカッタの修羅場より。一人抜きんでて手にした重要な要素だ。
 その重要性は彼が考えている以上に大きいらしい。
 依頼人たる”議会”の古老たちに連絡をつけるためにここに来たというのにその古老直属の人物が迎えに来ているのだから。
「我々の”家”であまり他の方々に騒がれてはこまりますからな・・・今は”祭り”の時期ではございませんし」
 少し物思いに耽る雰囲気で虚空を眺める。それは今夜の夕食の湯には何をいれようか?と話している料理人の姿とさしてかわりなく。それさえも日常の一事の如き雰囲気である。
「相変わらずよな」
 男はゆっくりと”嗤う”。
「これだけ歳振ればそう簡単にかわりはいたしますまい?さて。”お嬢様”がお待ちでございます。こちらへ」
 老人はゆっくりと振り返り男を先導する。
 男もそれに会わせて一歩踏み出る。手当もせずに放って置かれた脚が激痛を訴える。肩の重みが傷に引きつる筋肉を痛めつける。だが男の口からは一言も痛みの悲鳴もうめきも漏れない。
 男には痛覚が無いのだろうか?
 しばらく案内されるままに付き従う。
 路地裏の古くさい家に入り。その地下に行く。
 まず貯蔵庫がありそこに更に地下へと行くための階段が用意されている。
 さらにその地下へと脚を踏み込めば。地上よりも艶やかな装いの部屋が眼前に広がる。
 そして、その豪華な部屋に負けない存在感を放つ少女。
 闇夜を切り抜いたような漆黒の髪。
 鮮血を思わせる緋色?炎を思わせる赤?それとも怒りの象徴たる朱?
 それらのどれでもありどれでもない。その身に纏うのは。
 ”紅”
 命と炎を制する南の象徴たる色。
 その色を真に纏うことのできるものなどこの地上にどれだけいよう?
「”長老”が来るなどとは聞いてはおらなんだな。小娘」
 嘲るような懐かしむようなそんな声。この男の声にこんな弱さが宿る時があると、聞いた人間でさえ信じられるだろうか?
「それだけこの件に関する注目度が高いのです」
 表情を動かすことなく少女が応える。
 幼い顔に宿る気品と強さ。そしてそれに反して年輪を感じさせずにはおかない”疲れ”が彼女の体からは如実に感じられる。
「まあ、いい我には関係のないことだ」
 言い放ち少女の対面にどかりとばかりに腰を降ろす。
 肩に担いでいた女性は近くの長椅子へと放り置く。
 荒王が席へと座したのを確かめると少女が立ち上がり近づいてくる。
 何事かと見下ろす男の前で彼女はそっと彼の体に触れる。
「我は人の姿をもちたり」
 それだけが男の耳に届く。
 そして次の瞬間。
 少女の体から大量の血が噴き出した。
 奇妙な事に荒王の体の傷と重なる同じ場所から。
 そして、荒王の体の傷は全てどこかへ消えさったかのように癒されている。
「相変わらずよな。そのうち死におるぞ?」
 娘に声をかけるような優しい声音。それに応える少女もまた父親に向けるかのような純粋な笑みを一瞬だけ浮かべ。そして消す。
「このくらいの我が儘許されても構わないではありませんか・・・」
 ぽんっと少女の頭に手を置く。
「受け取れ」
 その手を通じて感情が流れ込んでいく。
 優しさ厳しさ・・・そして受け継がれてきた記憶。その全てを広げてみせる。
 心を開き魅せる。
 マヤカシの術を使うもの同士だからこそそれを可能としているのかもしれない。
 この街であったこと。この街で彼が行ったこと。
 言葉では通じない様々な出来事が感覚として意味としてそのままダイレクトに伝わる。
 その内容は少女が予測していた範囲からそれほど外れた出来事ではなかった。
 
 多くの存在から注目されている少女。”煌 久遠”とそれを襲った獣。
 そしてその獣の背後に控えて居るであろう赤いオーラを纏った女性の確認。
 
 リトルカルカッタで行われた大規模な儀式呪術。
 そして銀の魔女と。黒き魔王との邂逅。
 
 ”風使い”来方の来訪とそれを利しての退却劇。
 
 そして、銀の魔女と黒の魔王のもう一つの目的であったろう女性の確保。
 
 現在までの荒王の働きはまず間違いなく。賞賛されるべきことだろう。
 彼が有能な人材であることは誰もが疑いようがない。
 ここは賭けてみるべきだろうか?
 寸毫の迷い。
 練達のマヤカシである荒王もその表情から少女が迷っているのは予想がつく。だが、その心を鎧う意識の壁が高く見通すことは出来ない。

「荒王・・・」
 彼の大きな手をゆっくりとどかしその視線を合わせる。
 その視線は物理的には見上げているというのに。その精神的なものでは遙か高見からおりてくるかのような雰囲気が宿っている。
 それは先程までの少女の瞳ではない。
 議会の古老にして 五色を司る 五家の一つ。紅家の長老たるものの瞳。
「何か決めたようよな」
 ゆぅっくりと笑う。肉食獣の笑みとでもいえばいいのだろうか?獲物を見つけた歓喜の笑み。それに近い。
「銀の魔女も。黒の魔王もかまいません。彼らは厄介な相手ですが・・・”我々”の予測からは飛び立ってはいません」
 そこで一度言葉をきり、大きくを息を吸う。
「赤を纏う女性を。ゲルニカ・蘭堂を追いなさい・・・。彼女こそが鍵を握っています。今このときの。この霧が彼女の仕業だったとすれば納得がいきます・・・そして・・・」
 再び一人の少女としての瞳に戻る。
「あの人が何を為したいのか・・・私に教えてください」
 表情を隠すように心を隠すように俯く。堅く鎧われたこころの隙間からほんの少しの寂しさが見えてくる。
「お嬢様。お客人が目覚められました」
 会話を断ち切るように老人の声が聞こえてくる。
「お茶の用意は?」
 問う少女。心得ているとばかりに微笑む老人。
「全て抜かりはなく。お客人の”着替え”も用意させていただきました」
 少女は満足そうに微笑むと。老人と荒王を引き連れてその部屋を出。歓迎の席を設けた場所へと移動する。
(これからの会談は少し見物よな。あれが誰であるか。どのような立場かそれによってまた様々に思惑が絡みあおう?)
 遠く中点を見上げる。だがそこにはただ天井が見えるだけ。
(ゲルニカ・蘭堂、煌 久遠、エヴァンシェリン、ラドウ、来方風土、誰でも良い我が前に立ちふさがるというのならばあらゆる方法を使って切り伏せてみせよう。我が前に立ちふさがるとはそういうことよ・・・それとも我が先に壊れるか?)
 微笑みが自然と口元に浮かぶ。
(それもまた良し。長き時を生きるに飽いた・・・)
 その口元に笑みをその瀬に少女と同質の疲れを感じさせる。
 長い歴史を感じさせる何か。人を越えた年月の積み重ねが生み出す疲れを。
 
 うぉぉぉぉぉぉん うぉぉぉぉぉぉん
 
 何かが闇の中で鳴く。それは誰の何の為の叫び声だろうか?

 [ No.534 ]


共闘

Handle : “ウィンドマスター”来方 風土   Date : 2000/11/10(Fri) 19:50
Style : バサラ●・マヤカシ・チャクラ◎   Aj/Jender : 23/男
Post : 喫茶WIND マスター


「いいよ。取り敢えずは、休戦協定としましょうか」
シンジの言葉に、風土は何でも無い事の様に答える。そのあっさりした返答に、シンジは唇の端を僅かに上げ微笑を浮かべる。
「いいのか?」
シンジが、風土に問いかける。
「いいって、いいって。俺は特に、誰かの依頼で動いている訳じゃないし、“ゲーム”が楽しければそれでいいんだ。それに…」
「それに?」
「前にも、言ったろ。俺のモットーは、可愛そうなヤツは助けて、悪い奴はぶっ飛ばす、だってね」
「なる程、オマエのモットーに照らし合せれば、俺達は悪い奴じゃないって事だナ」
「そいう事、まあいい人って訳にはいかないけどね」
風土はそういうと、何時もの笑みを浮かべる。
「まずは、あの恐そうなおっさんに、連れて行かれたお嬢さんを取り返さなきゃ。彼女が持っているディスクが、“霧”の謎を解く鍵らしいんで。そうすれば、ゲルニカ・蘭堂がホントは何を企んでいるかが、多分解かると思うんだけど」
「多分ね、あやふやな事だな」
エヴァが、呟く。
「仕方ないだろ、今の所、正確な情報が少ないんだから。さっきの話も高位の術者なら、大体は想像が付く事だし。ホントにあんた達が言う様に、神災を引き起こす事が目的だとしたら、“鍵”が必要になるだろうしぃ」
風土は不貞腐れた様に、答える。
「なら、あの男と争う事になるが」
「ま、なるべくなら話し合いで、解決したい所だけどね」
しかし、そう言う風土の顔には、楽しげな笑みが浮かんでいた。

 [ No.535 ]


自由な風のように

Handle : シーン   Date : 2000/11/13(Mon) 01:29


俺をハニーと呼んでもいいんだ

俺の金を盗んだっていい

天に祈っても構わない

ただハニー、太陽が輝いている様に

ベイビイ、俺は銃を手放さない


  COUNTRY SONGより

・・・・・・・・・・・・・・・・

「俺はオオイナルモクテキのために暗躍するコクサイテキ謎の組織に所属するエージェントなんだ。」
キリーの問いに草薙は意味もなく胸をはって、得意そうに答えた。
満面の笑み。
キリーはしばらく感情のこもらない眼でそれをみつめていたが、大きくため息をつくとおもむろにBOMBピストルのマガジンを取り出し、弾を装填しセットした。
しばらくその感触を確かめるように弄ぶ。
「で?おまえは何者なんだ?なぜ俺の前に現れた?」
同じ質問を繰り返す。
「俺は・・・」
草薙は同じ答えをかえそうとして、そこで口をつぐんだ。
なぜだか、とてもイヤな予感がしたからだ。
「・・・・」
倒れ、呻いている襲撃者達にチラと視線を移す。
「・・・」
とても痛そうだった。
「わかったよ、コーサン。」
両手を上げ、お手上げのポーズで草薙は言った。
「たしかに俺はある組織に所属している。でも、それを素直に話すと思うかい?」
「思わないな。」
ニヤリと笑い、キリーは答えた。
「そうだろう?」
我が意を得たり、と草薙はキリーを見た。
「しかし、得体のしれないヤツを身近に置くほど、俺はお人好しじゃないぜ。」
キリーは銃を持った手を前に出し彼を制した。
「ヤレヤレ・・・どこまでも心配性なんだな。」
困ったものだ、と草薙はかぶりを振る。
「いいかい?銀の腕。」
「俺は自由なんだよ、何ものにも、俺は束縛されないんだ。」
「たとえ俺の所属がどこであれ、それはただの肩書きにすぎない。俺は見たままの俺。」
「草薙潮。個人なのさ。」
まっすぐにキリーを見つめる。
子供のように純粋な瞳で。
「あんたの眼に俺が敵に見えるのなら、敵だし、味方のように見えるのなら本当に味方なのさ。」
「どうだい?アンタの眼には俺は何者に見える?敵に見えるのかい?」
そういって軽薄そうに笑った。
「すくなくとも・・敵には見えないな。」
つられるように、キリーも口元を緩めた。
なんだか全てが馬鹿馬鹿しくなってくるような、奇妙な安堵感を彼は感じた。
「そして、俺が何のために現れたかと言えば・・それはアンタに忠告をするためだよ。」
指を立てユラユラと左右に振る。
「忠告?」
「そう、忠告だ。」
「アンタは今、まっすぐに引かれたラインの上をどこまでもその通りに突き進んでいる。」
「その先には破滅しかないのに。」
うってかわった深刻な内容に訝しげに眉を寄せるキリー。
「アンタが本当の敵を倒したいと願うのなら、それから外れなくちゃならないんだ。」
「あの娘の仇を討ちたいと思うのなら、なおさら・・・」
「復讐の炎に身を任せるままじゃ、アンタは何者にも勝てない。」
「炎を・・炎で消す事は出来ないんだよ。」
そう言って草薙は初めて、少し悲しそうに微笑んだ。
この男はなぜ死んだ許嫁の事を知っているのか?
今の言葉の意味はなんなのか?
様々な疑問が彼の脳裏に渦巻いた。
「おまえは・・・」
キリーがそれを口に出そうとしたその時だった。
ズシン!
激しい振動とともに地面が一瞬揺らいだ。

 [ No.536 ]


理解とその上での融解

Handle : ”デッドコピー”黒人   Date : 2000/11/13(Mon) 23:34
Style : ニューロ=ニューロ◎、ハイランダー●   Aj/Jender : 20代前半/男性
Post : リムネット・ヨコハマ電脳情報技師査察官


「全てを理解し合うためには同じ人間になるしかなかったのよ。愛って、そういうことでしょう?」 
                           〜恋人を殺害し食したある女性の言葉〜



「・・・・・・理解し始めたようね・・・・・・」
「わかるのか?」
すべてを見透かすような冷たいノイズの向こうから聞こえる声に
どうにか返事をするのがやっとだった。
どうして今までIANUSを受け入れ難かったのか、今になってようやくわかった。そう、頭でではなく
心でわかった。というよりは感じた、といったほうが正解か。
「心が打ち震えているもの……恐怖と歓喜とでね」
くすくすと笑いながら、俺の中の彼女が答えるさまを聞いて、心がまた震える。
そのことを何故か恥ずかしく思いながら、感じていることを口にする。
「つまり……IANUSのシェル構造は俺とお前のような関係を個別認識させるのには役に立つわけだ」
「そうよ、特に私には」
「通りでいつまでも居続けていると思ったよ……」
つまり、彼女はバディの居るはずの領域に自分を繋ぎ止めてしまったのだ。
ワザト俺ガ認識デキルヨウニ。
俺が認識しなければ、彼女は居ないも同然なのだから。すでに俺の心の中に刷り込まれてしまっているのだから。
しかし、認識させることで意識させる方法を選んだ。そのことで俺の頭の中の壊れた空白部分の隅々まで彼女が
入っているのが分かった。それも震えるほど鮮明に。ダイレクトに思考が流れてくるウェブに似た感覚。
俺の反応の一つ一つを彼女が楽しんでいるのも、次に何を言おうとしているのかも分かる。
「私があなたに全てをアゲル。力も知識も経験も。その心の隙間も埋めてアゲル。
 母のように姉のように恋人のように」
その言葉に言い様のない恐怖と高揚感を感じながら、俺は口を開いた。
「とりあえず……メレディーのことは置いておこう。いずれにしても行かなければならない
ウェブの高みか深みかで彼女の足跡は見えるはずだ。特に<盾>を回収するときには。とりあえず今は……」
「様子見?」
「そうだな。情報の流れが少ないのも気になるし、なにより株の取引がほとんど無いのも気になる……
 まるで、ブラックマンデーの再現だ」
確か災厄前に起こったそれは情報伝達のSystemが壊れて株の売り買いが時間差で反映されたため起こったのだと
自閉症モードでの学習で学んだ。
それを起こそうとしている奴が居るのか、企業や軌道人が結託しているのか……。
「いずれにせよ、何らかの変化があるか、誰かがコンタクトをとってくるまでは、このままのほうがいいかもね」
そのときに彼女の発したノイズの冷たさから彼女が自分から得ているものがあることを理解した。

http://www.dice-jp.com/depends [ No.537 ]


古宴

Handle : シーン   Date : 2000/11/16(Thu) 04:10



 荒い呼吸に気がついて、夢に浸かった浅い眠りから目覚める。
 ニール・キャンベルは、冷や汗に濡れた自分の額を左手でぬぐいながら信じられないといった表情で顔を強張らせた。汗にひんやりと肌寒さを感じる空調の風を感じながらゆっくりと12畳程度の部屋の南側の壁いっぱいに広がったガラス窓に顔を向け、眼下に広がる広大な建造物の頂を眺める。
 どうやら彼女はまだ自分に価値があると認めてくれたらしい。自分のデスクのすぐ側にかけてある上着の内ポケットから厚手のハンカチを取り出して額を拭うと、深く溜め息をついた。
 彼女は一体何を自分に望んでいるのだろうか。底が見えず、尽きない望みを只管叶えるように動く自分が滑稽で堪らなかった。

「ちゃんと監視はしていたの?」
「・・・はい。決められた時間、決められた手段、決められた順序で」
「では何故、このような連絡を受けることになったのかしら」
「私は、約束どおりしっかりと監視を続けていました」
 彼は息苦しさを感じて、シャツの胸のあたりのボタンを掻き毟り取るようにして緩めた。
「では、もう一度聞きましょう。何故このような事態に?」
 あまりの息苦しさに、誰かに首でも締め付けられているのではないかと思う程、落ち着かない呼吸が口元から繰り返し漏れた。
 ふらふらと椅子から立ち上がり、窓辺のガラスに半ば身体を預けるように縋りながら、彼は目の前のモニターに映る紅い髪の女性を目に涙を溜めながら哀願した。
「本当です! 本当なんです!! 私は定められた役割を約束どおりに努めました!! 見ましたか? あの長い髪の女と男の二人組みを」ニールの訴えは半ばヒステリーに近かった。「神殿のガーディアンをものともせずに踏み込み・・・事もあろうか、結界を打ち崩すなんて! あんな事は聞いていませんでした!! 私はすぐに連絡を入れました。約束通りガーディアンが叫びを上げる前に!」
 ガラス越しに映る都市群から、時折日の暮れた夕闇の夜空を切り裂くように赤い炎が舞い上がった。排熱の為に吹き上げるその炎は、キャンベルにとって今まさに映話越しに映る紅い髪の女性の心の中の怒りの炎の様に感じられた。
 キャンベルはモニターに向かって祈るように両手を合わせた。
「お前の役目は、これまで人類が棄ててきた能力を取り戻す為、新たな歩みとなる我らの神殿を護る事だった筈では?」
「努力しました」
 必死に紡ぎだすような声しか出せず、涙が両目から溢れ始めた。
 紅い髪の女が言った。
「ニール・キャンベル、お前は失敗したのよ。神殿は開けられてはならなかった。ましてや開けられた神殿からよりしろとなる女を、それも議会の札に・・・“荒王”と呼ばれる男に奪われた」
「ガーディアンの叫びを聞いて、すぐに連絡を打ちました! 【能力】の無い私が、一体それ以上何をできるのでしょうか!」
「お前はカルカッタの神殿の監視者だった。あの教会に施した神殿としての機能は失われてはならず、あの神殿が破られるような干渉を受ける前にお前は監視の目として我々に報告するべきだった。それを怠ったのよ」
「あぁ!!!」
 ニールが嘆きの声を上げた。
「信じてください! 私はできる事を全てやったつもりです。忠実に貴方との約束を守りました! ゲルニカ様、一緒に連れていってください! お願いです!!
 最初にあの男を見た時、私は約束の方だと思ったんです。でも、違った!」
「遅いわ・・・・」
 今度ははっきりとニールは自分の首元に締め付けるような力を感じた。
 ニールは咄嗟に両手を首下に寄せる。
 鮫肌の様にざらついた爬虫類のようなかぎ爪と鱗を纏った2本の手が万力のような力で徐々にその力を増しながら彼の首を締め付けていた。ニールは叫び声を上げながら身体をばたつかせたが、その二本の腕はびくともしなかった。
 そうこうしている内に彼の首を締め上げる力は意識を引きちぎるように増して行く。
 ニールは再度、絶え絶えになる息を搾り出した。
「既に手は打ってあります!!!」
 部屋の中に、彼の絶叫がこだました。

 厚手のハンカチでもう一度額の汗を首元から拭うと、静かな音を立てて明滅する内線端末を手に取る。
 もう既に自分の最後のゲームが始まっている。このゲームに勝たなければ、永遠に自分は捨て置かれるのだ。それだけはなんとしても避けねばならない。
「はい、監査室ニール・キャンベルです」
「監査官、外線です。お繋ぎしますか?」
 CGで巧く制御された操り人形のDAKオペレーターの女性のイメージが告げる。見る者が見ればCGとは気づかないほどの精巧な出来で、そのようなプログラムが搭載されたこの端末はそれだけ「金」と「待遇」があるという事を示していた。誰でも所持できるものではない。
 しかしながら、ニールはその異様に整いすぎたCGのオペレーターの容姿に夢で彼の命を消し去ろうとした紅い髪の女_______ゲルニカ・蘭堂の面影が重なったように見え、一度身震いすると無言で通話パネルに手を触れた。
「________やぁ、待たせたなニール」
 ニールは僅かに口元を歪めた。
「約束の時間は」彼は手元の時計に目をやった。「たっぷり1時間以上過ぎている。約束は護ってもらわねば困る。大体連絡してきたのはお前からだろう。私は忙しい」
 モニターの向こうに映る相手は、声を上げてせせら笑った。
「ニール・キャンベル。アンタ随分と目をかけて貰っている割には動きが鈍いんだな。神殿を荒らされたそうじゃないか」
 ニールは、憤慨した表情で歯を噛み鳴らした。
「まぁ、そう荒れるなよ。荒らされたのならまた新たにお前が神殿を建てればいい。物事は先にプラスへと転じさせた方が気が楽になる・・・憶えておけよ」
「おまえに言われる筋合いはない!」
「何事も急いては事を仕損じる。いちいち彼女の言うことを真に受けすぎて走り回るのも滑稽な話だ。だが、待っているだけの存在なぞ、ただの駒だ。準備万端と用意周到の違いくらいは理解しろよ、ニール」
 ニールははっきりと嫌悪の表情を顕わにしながらモニターをねめつけた。
「用件を言え」
 彼の不機嫌な声を好意的に受け取っているのか、モニターから返される口調は明るいものだった。
「ビルが動いた」
「・・・なんだと?」
「ビルがようやく動いたんだ。野郎、重い腰を上げて議会と夏とN◎VA、それにM○●Nから来ている客人達に接触を始めやがった」モニターの中で彼は一度言葉を切ってにっこりと笑った。「用意周到な奴だ」
 ニールはモニターに向かって視線をしっかりと合わせた。モニターに映りこんだ彼の表情にはようやく笑みが僅かに浮かんでいた。
「_____そうか、なら打った手配が生きてくる。いや、遅過ぎた位だ」
「奴は議会には取引を。本国と本土にはそれぞれ凶手の手配のわたりをつけている節がある。邪魔な駒はどかすつもりのようだな」
「岩崎と千早はどうしている?」
「岩崎は鎮圧部隊を各方面から集めている。とはいってもLU$T都市部には入らず、環状に都市を包囲させようとしているようだ。陸上の実動部隊は城下町から一歩も出していない」
「千早は? 【軌道】は動いているのか?」
 モニターの中で男が笑った。
「はっきり言おう。【軌道】も確かに動いている。だが、ここは【地上】千早だ。アンタだって知っているんだろう? LU$Tには直々にあの男が目を光らせている」
「・・・ゴードンか」
「そうだ。そもそも奴が____________」
「どうした?」
 モニターの中で男が視線を横に向けている。ニールは怪訝な表情で伺う。
「________スマンが、一度回線を切るぞ」
「枝が・・・モニタリングされているような・・・気のせいかもしれないが」
 ニールは眉を顰めながらも、声を出して笑った。
「SC-8を拡張したこの回線でか? 128ビットを越える暗号回線だぞ? それも警察官庁の特務回線だ。冗談はよせ、ディック。少なくとも千早や岩崎でもこの回線には容易に干渉出来ないはずだ」
「俺は千早や岩崎とは言っていない」
「じゃあ、誰だ!」
「_________わかればすぐに答えている。切るぞ」
 一方的に回線が切られた旨をモニターが伝える。
 ニールはいらただしそうに机を一度殴りつけると、窓の外から眼下の街並みを見つめた。
 ゲルニカ・蘭堂に与えられた最後の時間は既に流れている。自分が打った手は遥か過去の時代から脈々と伝えられている術式とその際たる各地に散らばる陣容に関わるものだ。
 ビル・ゼットーは稀代の策士だ。というよりも静かな狂気と暴力を知り尽くしている政治家だとも言えた。彼は、No.1の死と共に各地の三合会と議会に渡りをつけ、治めようとしている。これまでLU$Tでそう言った一枚板がなかったといえばそれまでだが、無ければ無いとは言えその理由があったのも事実だ。誰も、治められなかったのだ。
「__________だが、そんな事は関係ない」
 ニールは呟いた後、デスクに向かうとボイスレコーダーの傍らにある自動通話記録のスイッチを切り、端末に向かって声をかけた。
「RZ128-DZ76をコール」
「____接続完了」
「コードスクランブル」
「____完了」
「手はずは?」
「はい、概ね完了しました。八神巡査が関帝廟へ向かっている事を除けば、ほぼ予定通りです。程なく映像も送れます。執行官は?」
「担当官より委任の手続きを受けた。以後の指示は私から直接行う。
 ____巡査のPVのモニター回線を執行権限により拘束。モニター映像をすべてこちらに回せ。もう、彼に【魂】は降りたのか?」
「はい。初期起動のエコーバックを受けました。予定通り、御霊へシフトします。____モニタリング、了解しました」
 ニールは姿勢を正し、窓の外に視線を向けた。
「設定済みの対象をこれよりサテライト、及び各方面部隊からウォッチャーを張り付かせろ。・・・散布濃度は?」
「____各部隊の配置を確認しました。現時点で全目標がサテライト監視下に入ります。粒子密度は範囲内です」
 満足げにニールは一度微笑むと、先ほどまで自信を包み込んでいたゲルニカの残した恐怖感を振り払うように深呼吸をしてガラスに両手を当てて呟いた。

「エコー」
 ニールに言葉から漣の様に無数のプログラムが起動する。
 以って古の術とそれを【識る-しる-】者達を包み込むように。
 幾人の存在がこれに気づくのか。

 不敵に微笑みながら、ニールは自分のデスクへと腰を降ろした。
 彼は目を閉じて________心の中で優雅に・・・舞い踊った。

http://www.dice-jp.com/plus/china03/ [ No.538 ]


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