ヨコハマ中華街&新山手

[ Chinatown BBS Log / No.585〜No.599 ]


魔術の王と不死の王

Handle : シーン   Date : 2001/06/10(Sun) 23:40


完璧さとは絶対的なものか?我々は死んではじめて完璧になれるのか?

グレッグ・ベア“女王天使”より


同時刻:中華街

自分の仕事に満足した職人のように、腕を組み、頷く来方の動きが止まった。
不意に、背後に気配を感じ振り返る。
濃密な霧の中で、来方の視界を白い布のようなモノがかすめた。
目の錯覚か?それとも何かの力が働いているのか?
己の五感を確かめるように、一回、二回と瞬きを繰り返す。
しかし、何も変わったところは感じられない。
来方は軽く息を吐くと、油断無く身構えたまま、目の前の人物に視線を向けた。
そこにいたのは、絵に描いたような愛らしい美少年だった。
今の状況、時間帯、全てを考えれば不審きわまりないのだが、それらを一瞬で消し去る程の愛嬌と可憐さを持ち合わせた少年だった。
歳は10歳をやっと越えたくらいだろうか、背は来方の胸くらいしかない。
柔らかそうな栗色の巻き毛。大きな藍色の瞳。
アクセントにブルーのラインがはいった白地のセーラーに半ズボンが、彼の容姿をさらに際だたせていた。
手にはなぜかグリップに金の金具がついた黒いステッキを持っている。
「はじめまして、僕はセシル。セシル・リヴィエールといいます。」
少年、セシルは舌ったらずな口調でそう自己紹介すると、それがどんな用心深い人物であろうと、警戒心を解かずにはいられないような、無垢な笑みを満面に浮かべた。
「・・・・」
来方は胡散臭いものでも見るような目で、ニコニコと笑みを浮かべる少年を見た。
一見、軽薄そうに見えて、実はこの来方という男はとても用心深い。
そして何より、己の直感に忠実な男だった。
第六感が高らかに警鐘を打ち鳴らしているのを、彼は確かに聞いていた。
そしてこの時も、彼は自分の閃きに即座に従ったのだ。
彼は神速の動きでホルスターから銃を引き抜くと、目の前の少年に向け、トリガーを絞った。
まったく、ためらいのない滑らかな動作だった。
ポン!
しかし、来方の耳に届いたのは短く鋭い発射音ではなく、どこか間の抜けた、風船が破裂したような音だった。
無防備な笑みを浮かべる少年の命を一瞬で奪い去る禍々しい弾丸は発射されず、代わりに白い煙とともに様々な小さな国旗が飛び出した。
パラパラと辺りに紙吹雪が舞う。
パチパチ
セシルが嬉しそうに手を叩いた。
たった今、銃で撃たれそうになった事など、まるで気にとめていないようだった。
来方は銃の重さを確かめるように数度もて遊び、それが間違いなく本物である事を確認すると、無造作に投げ捨てた。
バン!
乾いた音とともに銃は地面に落ちる前に破裂し、四散した。
小さな爆発だったが、もし来方が銃口から弾丸ではなく、国旗が飛び出した事に疑問を持ち続け、それを調べていたなら、間違いなく指の数本は失っていただろう。
「アハハハハハハ。ダイセイコー!」
セシルはまるで悪びれた様子もなく、むしろおかしくてたまらないといった風で、お腹を押さえ笑い転げた。
その様子を来方は冷めた目で見つめていた。
間違いなく、これはこの少年、愛らしい、10歳そこそこの少年セシルの仕業に違いなかった。
「ヤレヤレ・・・」
来方は深いため息を一つつくと、肩をすくめそう吐き捨てた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

同時刻:関帝廟近郊

街は喧噪に包まれていた。
霧にまつわる様々な怪異の噂もあり、この時刻、出歩く者は少ない。
そんな夜の街を明らかな殺意を漲らせ、駆け抜ける者達がいた。
青面騎手幇。
ディックにより、No2、ビルの襲撃を命じられた者達だ。
目を血走らせ、熱にうかされたように上気した顔で街を行く彼等を恐れ、浮浪者は亀のように身をちじこませ、酔客ですら一瞬で酒気が抜けたように道の端に飛び退いた。
誰もがこの殺意の嵐ともいえる集団に畏怖した。
ただ一人を除いて。
その男はレッガー達にまるで気がついていないのか、道の真ん中を悠然と歩いていた。レッガー達と向かう方向は同じだが、速度が違う。
やがて、男はその殺意の津波に飲み込まれた。
「っっっっ!」
レッガーの一人が男にぶつかった。大柄な、いかにも剣呑なサイバーウェアを移植したであろう彼の突進は、小型のブルドーザーに匹敵した。
しかし、はね飛ばされ、尻餅をついたのは、巨漢の方だった。
しっかりと根を張った大木にでもぶつかったような衝撃に驚き、レッガーは顔を上げた。
だが、そこに立っていたのはお世辞にも逞しいとは言い難い、仕立ての良い黒いスーツを着た細身の男だった。
男はチラリとレッガーの方を見たが、すぐに興味を失ったのか、また歩き出した。
端正な顔立ちをした西洋人だ。
歳は30代前後といったところか、頬がこけ、色白の顔は幽鬼のようだ。
夜の闇を吸ったような腰まである黒髪が、月の明かりをうけ、妖しい光沢を放った。
目もとをリング状のミラーシェイドで覆っている。
一瞬気押されたレッガーだったが、高揚感と、こちらが圧倒的に多人数であるという事が彼を奮い立たせた。
「ンジャア!ッラァ!」
言葉にならない奇声を発すると、巨漢は男の肩を左手で掴み、女性のウェスト程はあろうかという右腕を大きく振りかぶった。
サイバーウェアで強化され、強力な電磁石の力により打ち出される彼の拳は、巨大なコンクリートの塊を粉々に砕く威力があった。
この時、彼は先ほどの異質な衝撃も、目の前の男が発する、どこか現実離れした雰囲気も感じとれはしなかった。今にも爆発しそうな血の高ぶりをぶつけられるものがあるのなら、何でもよかったのだ。
「汚い手で私にさわるな。」
目の前の男が初めて口を開いた。
微塵の動揺も感じさせぬ落ち着いた声だ。
「アン?聞こえねぇなぁ。」
己の優位を信じて疑わぬ巨漢は、ニヤニヤといやらしい薄ら笑いを浮かべた。
ブン!
すさまじい風きり音をたて、右の拳を振り下ろす。
ガクン
しかし、男の肩をしっかりとつかんでいたはずの左手の感覚が不意に失せ、レッガーは前のめりにつんのめった。
ガッ!
目標を失った右の拳が地面を叩く。
「なっ・・・・」
巨漢は顔を真っ赤に紅潮させ、目の前の男を見上げた。
確かに、男の肩を彼の左手はしっかりとつかんでいる。
しかし、その下は・・・
「ヒィィィィィィィィィィィ!」
長く尾を引く悲鳴が夜の闇を裂いて彼等が響きわたった。
巨漢の左手は何か鋭利に刃物によって、手首から切断されていたのだ。
血しぶきを上げる左手を押さえ、転げ回るレッガーを冷ややかに一瞥し、黒衣の男は己の肩をつかんだままの左手をゴミでも払うように叩き落とした。
「汚い手で私にさわるなと言ったのだ。」
呟く。
その光景に、誰もが言葉を失った。
下卑た笑いを浮かべそれを見つめていた者も、興奮し、拳を振り上げていた者も、皆一様に言葉を失い、その場に立ちつくした。
「ィィィィィィィ!」
異様な沈黙の中、手首を切り落とされたレッガーの悲鳴だけがあたりにこだましていた。
レッガー達のように常に暴力の中に身を置く人種は、危険を察知する能力に長けている。
ことさら、相手の力量を読む能力に長けているのだ。
それゆえ、彼等は一瞬で悟ったのである。
目前に立つ黒髪の男が、その気になればこの場にいる全員を瞬時に物言わぬ躯に変える事の出来る力の持ち主であるという事を。
「フム・・・懸命だな。」
その様子に満足したのか、男は辺りをぐるりと見回した。
「今、お前達をどうこうしようという気はない。お前達は安心してその役目をはたしに行くがいい。」
彼はそう言うとゾッとするような薄い笑いを浮かべた。
「どうした?殺戮の雄叫びをあげろよ。ん?」
そして、男は喉の奥を振るわせるようなイヤな笑い声をもらした。
「クックックックッ・・・」
「う・・・・」
「ウオオオオオオオオオオオッッッッ!」
それに唱和するようにレッガー達が雄叫びをあげ、走り出す。
その声は悲鳴に近く、彼等はまるで逃げるようにその場を走り去った。
「さて・・・私も己の役目をはたしに行くとするか。」
走り去るレッガー達を冷ややかな眼差しで一瞥すると、彼は変わらぬ落ち着いた口調でそうひとりごちた。
ミラーシェイド越しに、視線を前方、関帝廟に向ける。
「・・・おまえもついに我々の眷属となったか、それでこそ、あの時、おまえを生かしておいたかいがあったというものだ。」
「ようこそ、紅い闇につつまれし、夜の王国へ。」
男、デスサイズ”クリングゾールは、そう呟くと再び薄い笑みを口の端に浮かべた。
「沙月・・・おまえの血は、どんな味がするのかな?」
ミラーシェイドの奥で、紅い双眼が禍々しい光を放った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

同時刻:関帝廟前

その変化に最初に気づいたのは、やはり八神だった。
彼はそっと視線だけを動かし、傍らに立つ女性警官サンドラを見た。
静かな表情だった。まるで遙か高みから下界の様子を見守る監視者のようだ。
その彫像のような面からは、つい先ほどのうろたえ、怯えた様子は微塵も感じられない。
“どういう事だ。”
八神は自問した。
よくよく考えてみれば、サンドラのあのうろたえようは、いささか妙だった。まるでここに来るのを恐れているような、関帝廟に何が起きるのかを知っていたかのようなふしがある。
LU$T のハウンドが、編纂室と繋がっているのか?
しかし、八神はその考えをすぐに否定した。あの隊長の気性からして、それはありえないだろう。
では、なぜだ?彼女は、サンドラは何を知っている?
一番ありえるのは、霧により彼女の精神が異常をきたしたという事だ。
もしくは、“壊れる”寸前なのかも知れない。
もっともな、考えだったが八神は素直にそれを受け入れる事が出来なかった。
何かが・・・何かがおかしい。
喉に何かつかえたような、居心地の悪さを彼は拭い去ることができなかった。
そんな八神の疑問も知らず、当のサンドラは、ただ前方、関帝廟を見つめていた。
と・・・
不意に、彼女の瞳から銀の雫が一筋、頬を伝った。
“涙?”
「あれ?」
サンドラ自身、それに驚いているようで、子供のように眼を拭った。
しかし、涙はいっこうに止まらず、ポタポタと幾筋も頬を伝い、石畳を濡らした。
“やはり・・壊れたのか?”
八神が眉をよせ、顔をしかめた。
「どうした?」
おもわず、声をかける。
「いえ・・解らないんです。私・・どうして泣いているんだろう?」
サンドラは泣き笑いのような表情を浮かべ、八神を見た。
その表情は八神の知る、先ほどまでの彼女のものだった。
「でも・・・そう・・・とても悲しい事があった気がするんです。胸を締め付けられるような悲しい出来事が・・・」
サンドラはそう呟くと、涙に濡れた瞳を伏せた。

 [ No.585 ]


大極

Handle : ”スサオウ”荒王   Date : 2001/06/14(Thu) 01:36
Style : Katana◎●Mayakashi Chakura   Aj/Jender : 三十代後半/男
Post : 中華陰陽最高議会の使徒


関帝廟内

 それは始まりであり。終わりであり。
 それは終わりでなく、始まりではない。
 全てが途切れることなく流れる世界に置いて。真実、それが終わりであると呼べるものなど存在しない。
 
 それは死についても言えることではないだろうか。
 それは生命の終わりであり。それは死の始まりである。
 そうとも言える。そして、その命果てた存在が確かに存在したと言うことの証明でもある。
 あらかた生命の元となる血の流れを流し尽くした二人---阿修羅丸と荒王----にとってはそれは身近な問題となりつつあった。
 死の足音が耳元に聞こえる。
 だが、同時に尽きることのない活力をも同時に二人は感じていた。
 生命の力を集めて吹き出す火山のような力を秘めるに至ったのは荒王。
 はるかな海底を流れる重く力強い潮流のような力を得たのは阿修羅丸。
 共にその身に秘めたる力の階梯は人の器に収まるものとはとても思えない領域に達している。
「ほう。やはりかよ。封術を施術され、力、流れ込んでおるな」
 荒王の眼には阿修羅丸を中心に流れ込んでくる負の流れが見えていた。
 荒王は自らの五体と血を用いてこの街自体に巨大な増幅炉を作り上げている。その自分とは正に正反対の力の流れが阿修羅丸の周りには確かに存在している。
「それならばどうするというのだ」
 半呼吸早く阿修羅丸の刃が繰り出される。
 だが、荒王はそれを肩で受け止めると蹴りを見舞った。
 共に耐性を崩したはずの二人は次の瞬間には立ち位置をいれかえ同時に剣撃を繰り出した。
 同時に繰り出される剣檄が二人の喉を浅く切り裂く。
 常ならばそれだけで倒れても不思議の無い傷にも二人は倒れはしない。
 二人の精神が肉体を凌駕し精神に、いや、魂に宿る力を解き放つ。
 二人は正に人の限界を超えようとしていた。
「若き者よ。屍界仙の術というを知るかよ?」
 阿修羅丸の一撃を無造作にその胸で受け止める。
 剣は深々と突き刺さり、荒王の残り少ない血を盛大に辺りにまき散らす。
 阿修羅丸の顔に勝利の笑みが浮かぶ。と、同時にそれはまた、餓えを満たすことが出来なかったという慚愧の念に覆われる。
 だが、それが間違いだと。直感が囁く。まだこの目の前の男は倒れては居ない。安全ではない。死んでは居ない。まだ俺を楽しませてくれる!
 一度は伏せた視線をゆっくりと上げればそこには鬼の笑みを浮かべた荒王の姿がある。
「案内しよう。終わり無き修羅道にな。我のみにては足りぬ故。主にも手伝うて貰おうか」
 大きな風穴と化した荒王の胸から血の霧が広がる。
 赤い霧は白い霧を暗い空中に様々な陣図を描いていく。阿修羅丸はそれをまるで何か期待するかのように眺める。
「さぁ、重いものは捨て。存分に暴れるものよ。」
 その言葉と共に辺りを覆っていた霧が晴れていく。白い霧も赤い霧もそこには感じられない。
 ただ、己と相手と。闘いだけがそこに待っている。
 気がつけば体中を走っていた傷も全てどこかへと消えている。
 まだ、戦える。
 まだ、楽しめる。
 まだ・・・
 まだ・・・・・

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関帝廟側面地下回廊
 
「いくつも枝分かれした未来よ。それの何を選び取るかまでは解らぬが。やれ、賭にはならなんだようよな」
 白く小さな狐。
 野良猫や野良犬。渡り鳥や鴉。そう言った都市の獣ならばこの街でも時には見かけることがある。
 だが、このような純白の毛皮の狐などはあり得ない。
 ありえるとしても喋ることなど無い。
 即ち。この狐が常識に従って存在するわけではない。だが、何らかの法則に従って存在するのだろう。
「誰の使い魔だい?あたしは今機嫌が悪いんだ」
 関帝病の正面前へと続く長い回廊から表れた夜目にも目立つそれは見るからにあやし過ぎた。
 一つの大きなイベントが終わったばかりの那辺の機嫌を逆撫でるには十分過ぎる要素をそれは持っていた。
「やれもやれも。やっと決断を下したかと思えば。相も変わらずよな。未だどこともしれぬ淵を歩いておるかよ」
 狐が眼を細め”嗤い”の表情を浮かべる。
 どこかで見たような表情。どこかで聞いたような口調。
「荒王の旦那かい?随分と可愛らしくなっちまったもんだね」
 軽口が口をついてくるもののその瞳に宿る警戒心はゆるまない。これが何か誰かの仕掛けた罠である可能性は捨てきれないからだ。
「主が為すべきものを為すための鍵を持ってきただけよ。それ以上の力。分けておく暇が無かった故な」
 自嘲とともとれる感情をその言葉に潜ませながら白い狐はゆっくりと那辺の目の前に立ち止まった。
「さて、如何?」
 これから起こり得る全ての可能性の”最初”。
 その選択を迫っていることは直感的に”解った”。
 那辺を見上げる狐の瞳は驚くほど透明で透き通って居た。

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関帝廟

「始めましたね。荒王様」
 紅はゆっくりと瞼を閉じた。
 不思議と見えてくる光景がいくつか。
 その中でも特に眼を引いたのは二柱の巨大な竜が互いに互いを討ち滅ぼそうと闘っている姿だった。
 一柱は暗き禍々しき力を纏う黒き龍。
 一柱は明るき神々しいとさえ思える力を持つ金色の竜。
 二柱の竜は互いに互いを討ち滅ぼそうとばかりに互いの身を喰らい逢う。だが、二人の体は互いが傷つけるよりも早く、そして強力に膨れ上がっていく。
 その二柱の巨竜の存在するのはこの世界の向こう側。
 人はそれを時にアストラル界とも集団無意識とも星幽界とも呼ぶ。
「陰と陽がぶつかれば互いに互いを喰らい消滅するとお思いだったのでしょうが。正しく釣り合いがとれるならばそれは大極から無限の力を産みます。それとも。それをこそ。あの方は望んでおられたのでしょうか」
 ふと彼女の口元に複雑な笑みが浮かぶ。それは喜んでいるような悲しんでいるような、どちらにしても笑う意外にその表情を形作る選択肢が無いというような。そんな表情だった。
 黒き竜は陰気を纏い力を増し続けるように仕組まれた阿修羅丸。
 金の竜は陽気を纏い力を増し続けるように仕組んだ荒王。
 二人の姿を観念的に捉えたものがそれらであった。
「どちらに流れるにしても、これからの流れ、巨大なうねりを呼ぶのでしょうね」
 彼女はゆっくりと眼を開き辺りを見渡す。
 ここに集ってきた者達もあるものは次の道のりの為に歩き出し。
 あるものはここにとどまったまま己の役割を果たしている。
 ならば、己で選んだ役割を自分も果たそうではないか。
「私が話さずとも彼女はそれを理解し利用するでしょう。」
 深紅の着物の袖の奥から何かを取り出す。それは精巧な細工の施された飾り盆。その上にはやはり精巧な模型が鎮座している。
「あなた方はまだ、考えを改めず、待つことをよしとしないのですね」
 盆の上の模型は以前と変わらない姿でそこにあった。
「構わないのですね?あなた方は私を否定するとおっしゃるのですね」
 その小さな指先でとんと模型の一つ弾く。
「とても残念です。あなた方の力はあと十年もすれば。それに相応しい役割が与えられたでしょうに」
 瞼の裏側の世界にどこかで何かが崩れたような音が広がったのはその次の瞬間だった。
 

 [ No.586 ]


手品

Handle : “ウィンドマスター”来方 風土   Date : 2001/06/15(Fri) 22:01
Style : バサラ●・マヤカシ・チャクラ◎   Aj/Jender : 23歳/男
Post : 喫茶WIND マスター   


「聞いた事が在る。そうか、お前がフーディ二ィーか」
風土は、そう言いながら、油断無く、身構える。今の現象、それを目の前の
少年が、起こした事は確かだ。だが、一体どうやって?
「流石!良く知ってるねぇ。・・・で、どうするのかな?」
「こうするさ!」
風土は、何時のまにか、その手に握られていた投げナイフを投げ放つ。
“風”を纏ったナイフは、銃弾に勝る勢いで、セシルに迫る。
だが、セシルは天使の様な笑みを浮かべたまま、それをかわす素振りすら見せな。

風土の投げたナイフは、セシルの額に吸い込まれる様に、突き刺さる。
ナイフを額に突き立てまま、血を流しながら崩れ落ちる。
簡単過ぎる…? 風土が、そう思う中、セシル立ち上がる。その顔には、満面の
笑みに包まれていた。観客を楽しませる、手品師の様に
「驚いた? ほら、手品で良く使う、ヤツだよ。」
セシルはそう言うと、手に持ったナイフの刃を、自分の身体に突き立てる。
だが、その刃は、セシルを傷つける事無く、柄の中へと吸い込まれる。まるで
バネ仕掛けのオモチャの様に… 
「成る程ね… じゃあ、さしづめ血は、ケチャップってか?」
「うん。そうだよ。」
セシルは、微笑みながら、額のケチャップをハンカチで拭き取る。
「やってくれるぜ」

セシルが、右手を一振りすると、空中から湧き出す様に、漆黒のマントが現れる。
そのマントを身に纏うと、風土に向き直り、両手を広げる。まるで、誘うかの様に
「さあ、次の出し物、いってみようー。」
それに対し、風土は僅かに腰を落とし、左半身を前にする。典型的な打撃系のスタイル。
しかし前に構えた左手は、開かれており、その掌は、セシルに向けられていた。
「へえ…」
セシルの視界の中で、徐々に風土の掌が大きくなる。風土の“力”のよる物か、或
いは 武術家としての、腕か… だが、その掌は見る間に視界を覆い尽くすまでに広
がって行った。
「えい!」
視界一杯まで広がった掌に対し、ステッキを向けると、それは掻き消すように消え去る。
しかし、そこには風土の姿は、無かった。セシルが、風土の姿を捜し、辺りを見廻> す。
辺りを見廻すセシルの背後に、風土の姿が不意に出現する。セシルの不意を付いた攻撃は
命中するかに、思われた。だが、セシルは慌てる事無く、脇の間からステッキを背後の風土に
向って突き出す。
ステッキが振れた瞬間、風土の姿が消え去る。幻術だ。その瞬間、セシルの目の前に
風土が現れる。そして、セシルに向って拳を突き出す。それは、“気”を乗せ、しかも“風”を
纏った風土にしか撃てぬ、会心の一撃だった。
拳を放った風土の視界を、セシルの漆黒のマントが埋め尽くす。風土は拳を放った態勢のまま、
漆黒のマントに絡め取られる。そしてそのまま、受身を取る事も許されず、地面に叩き付けられた。
風土は、素早く身を起こすと、セシルから距離を取る。

パチパチ。セシルの拍手の音が、辺りに響く。
「投げられた瞬間、自ら跳んで傷を最小限に、留めたのか… 流石だね。」
セシルは、風土の方に向き直るが、怪訝な顔する。
「どうした、俺の顔に、なんか付いてるかい?」
そう答えた風土の顔には、何時もの笑みが浮かんでいた。まるで、新しいオモチャを
見付けた子供の様に

 [ No.587 ]


タナトスの耳

Handle : シーン   Date : 2001/06/19(Tue) 02:11



▼ 漢帝廟 正面回廊


 灼熱の熱砂を思わせる、避けようの無い砂浜を歩いているようだった。
 ___________すぐ命を落とすような傷ではない・・・然るべき治療が出来うるのならば。それは頭では理解している。何よりも、じくじくと小さな泉の様に広がってゆく傷がそれを無言で告げていた。
 だが、和泉が穿った腹の痛みは全く異なった痛覚を・・・これまで自分が知りもしなかった感覚を、しっかりと刻み込んでいる。このままに捨て置けば____________やがて、自分にも程なく死が訪れるのかも知れない。

「困りましたね。さして時間もないというのに・・・和泉________________」
 この期に及んでも尚、思わず無意識に口を突いて出た言葉に、榊は苦笑する。
 激しい出血に伴う痛みと寒気に頭を振り、数十分にも感じる自らが歩いてきた回廊を振り返った。
 変わる筈も無く、目の前に漢帝廟の暗い回廊が視界いっぱいに広がる。信じられない程長い距離を歩いてきたと思っていた距離も、目を細めて静かに視点を合わせせば、それは極僅かな距離だった。
 程無い場所に、目を奪われるような美しい黒髪が横たわっている。
 漫然とした途切れそうになる意識の海を泳ぎながら、榊は大きく溜息をついた。
 私はまだこれしか進んでいない。・・・たかが、一人になっただけだというのに。
 自分がそうして考察するような時間は、もはや多くは残されていない。今となっては、それはさして重要ではないのだ。
 辺りの空気が銀色に染まり、霧に薄白く満たされ始める。その銀色の大気を象るナノマシン達の囁き声は、通常は聞こえないのだろうが、今やはっきりと彼の耳には聞こえるようになり始めていた。
 ____________我等の父が降り立つ大地に、等しき時の祝福を。
 ・・・誰が降りるというのですか?
 ____________我等の父が。
 ・・・一体誰の為に降りるというのですか?
 ____________大地に立つ等しき我等が生命に。
 ・・・誰の生命ですか、それは。
 ____________私達、ヒトの生命の為に。
 ・・・ふざけないで頂きたい。あなた方にヒトと呼ばれる云われはない。私達は_____________
『そうですよね、所長。私達、まだ留まるわけにはいかないんですよね。人が選ぶ行末は、例えそれが災厄を招くものだとしても“我々”が選ぶべき選択肢ですよね』
 榊は反射的に銃を抜き放ち、背後を振り返る。だが、その視界には彼女の姿は無く、死しても尚強烈な記憶となっている美しく、長い黒髪の主は変わらずそこに横たわっている。
『これからどうしましょうか、所長。霧の源がわかりつつある以上、とるべき選択肢がいくつかあります』
 振り返った榊の視界におぼろげな、幻のような和泉の姿が浮かび上がっている。
 目を閉じても、IANUSの聴覚をオフにしても聞こえる声と存在感だった。だが、その姿はまるで古いフィルム映画のワンシーンを見ているかのように僅かなノイズに擦れ、辺りには霧がたゆたっているのだった。
「___________もう死ぬ事はなく、悲しみ、叫び、苦しみも無い。そう言いたいのですか・・・子供達、いいえ・・・ゲルニカ・蘭堂。
 彼女を殺した罪を悔いろとも言わず、貴女を止めて殺せとも言わず、和を穿てとも告げない。人が持つ、ありとあらゆる想念を集め、術陣へ埋め込む人格を補正する糧として組み上げるおつもりなのですね」
 榊は、フィルム映画のヒロインの様にはにかんだ笑みを浮かべて傍らに映る和泉の姿を、静かに見つめた。
 今はもう目を閉じなくても、僅かずつにではあるがあたりに存在する生命を持つ存在が包み込む、様々な想念の囁きが聞こえるようになっている。いや、正確に言えばその囁きは聞こえるのではなく“感じる”のだ。
 その囁きの元となる霧が何処で生まれ、何処に存在しているのかも手にとるように感じるようになりつつあった。
「ゲルニカ、貴女はアラストールを降ろす為にこの霧を誕生させましたね? それも中央区に存在する各メガコープの・・・それも、アーコロジーがそれぞれに抱え込む巨大な動力プラントを礎に生み出させている。
 確かに、今思えば不思議な話だ。ここまで事件が拡大して事態は既に騒乱事態へと突入しようとしている。戒厳令が施行される時間まで残された余裕もあと僅かでしょう。
 我々に大きな干渉が及ばないはずだ。 数え切れない程の監視カメラが我々の後を追い、数えるのも憚られる程のエージェント達が私達のあらゆる動向を監視し、然るべき事態に備えて息を潜めている。だが我々の存在はあくまでキーの一つだ。そもそもこの霧を生んでいる原因は我々には無く、あくまでその霧の発生や消滅のキーとなるのが我々であるだけであって、この騒乱の根本の原因は他にある。
 いや、その言葉すら今はもう意味が無い。霧が発生しているのは、この騒乱を収めるべく各方面で活動を行っている各メガコープのアーコロジーが原因なのだ。それも中央区で居城を構え、これまで絶対不可侵の聖域としてランクを超えて決してそのエリアを闊歩する事も許されなかった、言わば治安の拠点ともいえるその場所がこの騒乱の原因なのだ」
 榊は自らの両耳で何かがざわめくような感じを受けた。鏡があれば、彼の両耳の彼処に僅かなオリーブジェイドのラインが走るのが見て取れただろう。だが、今はそれを告げる和泉の存在はそこには無かった。
 榊は、霧に包まれたこのLU$Tで呼吸をする度にミシミシと極僅かな音を立てて、自分の中の何かが変わってゆく感じが拭えなかった。刹那、そう考えながら溜息をついた。
 ゲルニカ・蘭堂。 彼女は、そのキーとなる我々の存在を霧を介して変質させ、然るべき役者に仕立て上げようとしている。アラストールを降臨させる為の然るべき鍵の存在を揃え、然るべき器となる殻を用意して備えようとしている。
 元々術陣はこれまでの長い歴史の中で、我々が知ることも無かった遥か過去の時代から様々な手段と手法をもって各地に作られ、維持されてきたのに違いない。人が様々な手段をもって人類の想念や事象へと干渉する為に、コツコツと作り上げていた風水や術やテクノロジー等そういったものを、本人達が想像もしない方法と用途の為に再利用され様としているのだ。・・・ゲルニカ・蘭堂に。
 無論、それを知れば我々でなくても事態を収拾して霧の発生をとめるべく干渉し、どうにか対抗しようと試みるだろう。もしくは、そもそもこの霧を操作していると思われるゲルニカ・蘭堂から制御を奪うか、その行動を行く道の上に大きな穴を穿ってでも阻止するべく、思慮と行動を重ねるに違いない。だが、アラストールが降臨することでどのような事態が迎えることになるのかは、それは今だようとして知れていないのだ。それに関して分かっているのは、フェニックスプロジェクトと言うキーワードと過去にその言葉が見え隠れする事件が幾度か起き、結果災厄と神災が訪れたと言う事だけだ。
 この事態にはLU$Tに聳える中央エリア・各メガコープの首脳陣も頭を悩ませているに違いない。 事態を収拾しようにも、調査をすれば自分達のアーコロジーを含めた各企業の施設や政府施設が霧の発生源になっているという信じがたい事実に行き着くのだ。そしてその事態を収拾するべく調査しようにも、他国への干渉にも近いアーコロジーへの調査の手はようとして進展しない。いや、およそ進展させることなど出来ようもないのだろう。
 各社のエージェントの情報戦の枠を越え、ブラックオペレーションの作戦活動の許容限界を越え、人の目に付かぬ手段での収拾が絶対不可能となったら、彼等はどう手段を打つのか。
 企業警察? 参加のシンジケートを伴ったテロ? どれもが現実的には在り得ないとは言い切れない事態へと舞台の幕が進む可能性がある。恐らく最初に誰かがたった一発でも引き金を引けば、全てが一斉にその取れるべき行動を起こし、それぞれの戦いの幕が上がるだろう。
 だが、それにしても何故______________
「何故、霧がアーコロジーから発生することが出来たのでしょう。
 アーコロジーと言う施設はその特性柄、コープの拠点だ。言わば中枢ともいえるその施設から、何故この惨劇や騒乱を生み出すような事態が発生しえたというのか。とてもじゃないが、ゲルニカ・蘭堂・・・貴女一人でどうにかなるものではないはずだ」
 榊は幻のような和泉に手を触れようと、左手をゆっくりとあげた。
「まさか・・・いや、そうだ、そうなんですね。
 霧を生み出す____________いいえ、ナノマシンを生み出す機能自体が元々、アーコロジーには存在していたんだ。そこに住まう者達も知らぬ事実として」

 榊がその答えに辿りつき呟いた瞬間、何処からとも無く、低く、唸るようなサイレンの音が流れ始めた。
「警報・・・いや、これは___________」
 榊は目を半ば閉じて必死にその音が何を警告するものなのかを、必死に探り始める。
 やがて、有象無象の乱れた人の想念の海から一つの答えに行き当たった。
「イワサキの・・・いや・・間違いない、城下町の閉鎖警報だ」
 警報に重なり、人にはまだ耳にすることも出来ない騒乱が、彼にだけは聞こえていた。
 それは、イワサキの城下町の城砦のような居住区画ブロックが閉鎖する大地が唸るような轟音に重なる、数え切れない程の爆音や銃撃の叫びだった。
 榊は傍らに幻の様に佇む和泉の頬を撫でるように触れる仕草をし、薄い笑みを浮かべた。
「いいでしょう。私が見届けましょう、ゲルニカ・蘭堂。
 貴女がなぜ霧を発生させ、ニューラルウェアを搭載するありとあらゆるLU$Tの生命を触媒としてでも、アラストールを降臨させようとしているのか・・・私が最後まで見届けましょう」
 榊は広がりが止まらない腹部の傷に手を当て、ゆっくりと姿勢を正した。その表情には悲しみとも苦痛ともとれない、言語に絶する感情が両目から滲み出ていた。
「しかしながら、これは効果的だ。人の存在はなくしてから気付くものなのだと、幼い頃から何度も学んできたつもりですが・・・」
 榊はその表情から、ゆっくりと・・・やがて完全に微笑みを消した。
「フェニックスプロジェクトですか___________気に入りませんね。
 ・・・私一人でどうにでも潰せるものなら、この命など、くれてやろうかとも考えているのですが」
 冷たく、抑揚の無い呟きを口から漏らしながら、榊は後ろ手に紐を解き・・・髪を強く縛った。

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ザインの腕

Handle : シーン   Date : 2001/06/19(Tue) 02:13




▼ 漢帝廟 正門前


 キリーは腕組みをしながら、必死に記憶を手繰り寄せていた。
 LU$Tは元々アストラル的にも風水的にも非常に安定した場で、いわゆる霊的に可視・可聴レベルの低い霊体の想念等は雑音程も聞こえず、どちらかと言えば一種の庭園の様に静かな場所だった筈だ。そういう意味では同じ陸続きでありながら、オーサカM○●NやトーキョーN◎VA、カムイST☆Rの方が幾らも想念で満たされていた。
 彼に退魔の術を教え込んだ一族は、ここには“道-タオ-”が通っているのだから当然だと言っていた。
 成熟していない魂は、そのタオの存在に気付き、意識を向けるだけでその強烈な引力に引き込まれてゆくのだという。当時、やがては一族の行を継ぐはずだったキリーも、ただ漠然とではあるが、その存在がLU$Tの平穏を結果的に守りつづけていたのだろうとは考えが行き着いていた。
「そのタオを乱す存在・・・霊殻が・・・那辺になろうとしていると言うことか」
 キリーの言葉に、紅が静かに振り向く。
「古き盟約の教えに従い、契約を守られるおつもりですか? 猶予-いざよい-の一族の末裔・・・“銀の腕”キリー」
 キリーは僅かばかりの驚きを浮かべた顔で、刹那紅を見つめ返した後、静かに呟いた。
「血は途絶えた。父も母も既になく、一族の純血を継ぐ者も既に誰もいない。むしろタオが通りこそすれば、そもそもこのLU$Tには俺のような存在が根本的には必要無いはずだ・・・退魔行を営む者など。 このLU$Tでは彷徨う魂も少ない。だからこそ、還れぬ魂を導く行を執る特異な存在も、“渡し守”一人によって済まされていたんだ。街の安定は保たれている。乱そうとする者は、過去のLU$Tのまだ浅い歴史が物語るように、洩れなくあなた方の歯牙にかけられてきた。平穏だよ、紅さん。この街は・・・静かだ」
「ほんの先程まではな」
 冷たいリョウヤの声が、漢帝廟の門に反響し、辺りの空気に響く。その声に、側の空間に揺らいで浮かぶレクセルの霊体が震えた。その震えは、彼に何かを伝えようとしているようだった。
 キリーはレクセルが伝えようとしている事が、手にとるように分かっていた。だが、それは彼にとっては俄かには信じがたいことだった。
「俺に彼女を殺せというのか?! いや、言葉が違うな。正確に言えば“封滅”だ。あなた方議会やヴァチカンから見れば、封じればいいんだ。___________手段は問わずに」
「北米トライアンフ本社からの・・・キリーさん、霧に遮られて届きにくくなっている貴方が所属されていた部隊宛のセキュアな通信をたった今インターセプトしました。子供達から取り上げる際にどうしてもコアなデータに触れてしまいます。・・・許してください」
 キリーの言葉に哀しげに押し黙る紅の傍らから、意外にも煌の声が返ってくる。
 彼女もまた悲しげな表情でキリーを見つめた。
「煌さん、ハッキリ言ってくれ」キリーが目を細めて紅と煌を交互に見やり、歯を食いしばるようにして言葉を返す。
 数秒目を伏せて押し黙った後、やがて煌が思い切った表情で声に出した。
「北米連合は現在LU$Tにて発生している霧が根幹となる騒乱事態を早期収拾するべく、グラスIIの投入を検討しています。その出場にあたっては各方面からの是非が問われることになります。軍司令部は、連合議会にその判断を仰ぐことにしました。国防軍議会から連合議会へと判断が移管されていたようです。 LU$T方面支部、諜報支援にあたるLIMNET-Pとは全く異なるラインで、前線斥候を担うトライアンフには以前より議会への検討にあたっての必要判断が託されています。 ですが、トライアンフ内部ではエージェントの貴方との通信が連続数時間途絶えるにあたり、臨時報告を行いました。連合議会はこれを慮り、LU$T行政府による騒乱鎮圧・秩序維持の為にN◎VA軍へマーシャル・ローが発令される前にグラスIIの投入を行い_____________」
 煌の呟きが擦れ、終いには聞こえなくなる。視線をせわしなく彷徨わせた後、瞬きを3度繰り返して彼女はキリーに、その場にいる全ての者達に声を絞り出すようにして告げた。
「_________発令される前にグラスIIの投入を行い、事態の収拾を検討。投入後も・・・・・事態が収束しない場合、LIMNET-Pのアーコロジーを基軸に北米関連施設から超高出力EMPを発生させ、ナノマシンで構成されている霧が構成する場-マインフィールド-を無効化します」
 言い終わらないうちにリョウヤが吐き棄てるように呟く。「フン、御得意のテロ制圧か。信じられん、大規模な爆縮をアーコロジーを犠牲にしてまでも起爆させるつもりか。“貧者の核”事件を忘れたわけでもあるまいに」
「それってつまり、ナノマシンの活動をとめるのに必要な大規模EMPの展開を・・・アーコロジーの爆縮から発生する強電磁波で代用するって事ですか?!」サンドラが目を見開いてリョウヤの腕をきつく握り締める。
 古い時代に、まだ北米連合がアメリカ合衆国と呼ばれていた頃を知るものなら、やりかねない話だとなるのだろうが・・・今はそんな時代ではなかった。世論の反発も厳しいものになるに違いない。だが____________
「その後、LU$T行政府によるマーシャル・ローが発動されるのであれば、話は別ですね」
 皇が短く溜息をつき、語調を強くした。
「もし仮に・・・そうですね、私は核が使用されることはないと判断します。小型戦術核とはいえ残存する被害を考えると、盤上に乗る全てのクイーンが目を瞑って受け流すレベルではないと思います。もし、高出力なEMPを引き起こすことが目的なのであれば、何も核である必要はありません。どちらかと言えば被害を最小限に止め、爆縮による静電作用の効果を考えれば_____________」
「_________二液混合型のデミフレア・ナパームか霧散爆撃が有効だな。特に前者の手段をとるなら高出力EMPを含め、威力は桁違いだ。残存放射能の影響もないし、制圧力で言うなら文句無い。だが、鎮圧が目的であるなら後者の手段も非常に有効だ。俺達は人間だからな」
 目を細め、キリーが無表情な目付きで告げる。皇は無意識にその気リーの表情をIANUSを通して録画している事に気がついた。それは、彼女自身が職業柄よく目にする・・・傭兵のものだった。
「そうですね、私達は人間ですから霧散爆撃の効果の方が恐ろしいですね」
「どういう意味ですか?」趙がキリーと皇を交互に見つめながら、訊ねてくる。キリーはそのまま無表情に自分の胸の辺りを叩きながら静かに答えた。
「俺達は意図的にサイバネスティック化していなければ、呼吸器官は自前のままだ。 霧散爆撃では、爆心地から意図的なエリア内の酸素をその爆縮に使い尽くす。俺達は普段10数パーセント以上の酸素濃度の大気を呼吸に取り入れている訳だが、実は厄介な特性が人間の呼吸器官にはある。極端に酸素濃度の低い大気を吸い込むと、それだけで意識が吹き飛ぶ。知っているか? 何の作用を齎さなくても呼吸をさせるだけで人間を無力化できるんだ。まぁ、IANUS等の生命維持機能を持つニューラルウェアを実装しているやつは、意識はあれど肉体の活動をほぼ休眠状態に移行させられるだけだから、命を落すこともない。ただ単に無力化するだけだ。 それだけを考えても非常に有効な鎮圧手段だ」
 驚きで表情が崩れている趙に、続けて皇が説明を加える。
「今ある情報だけで予想すれば、恐らく騒乱自体に完全移行する前に北米勢力だけでなく、千早やイワサキ等の機構が何らかの行動を開始するでしょう。それぞれに霧によって混乱している市街地域の治安を目的に、大規模に企業警察やエージェントを作戦投入するはずです。ですが、誰もが北米企業や千早、それにイワサキの治安活動に協力的であるとは限りません。普段からイワサキと衝突することの多い三合会や・・・特にこのLU$Tではその一派である青面騎手幇との衝突は避けられないでしょう」
 リョウヤがその言葉を引き継ぎ、声を上げた。
「衝突が起き、企業警察の治安許容範囲を超えれば・・・その時点で戒厳令だ。アンタ等の言う、マーシャル・ロウだ。 そもそも、北米勢力と日系勢力が足並み揃えるとは誰も考えてはいまい?」
 リョウヤの言葉にその場の全員が押し黙る。
 だが、数秒間の沈黙の後、煌が静かにそれを破った。
「キリーさん、議会からトライアンフへの入電の続きがまだあります。 北米連合議会は、一連の霧の事態の収拾の為に以下に述べる人物の拘束か暗殺命令を下しています。・・・ゲルニカ・蘭堂と__________」
 僅かの間、煌が黙り込む。
「______________“那辺”さんです」
 皇が悩ましげに、その表情をを顰めた。
 確かにどう考えても、この一連の霧の事態の鍵を握るのはゲルニカだ。だが、ゲルニカの行動を阻止したとしてもLU$Tに張り巡らされた術陣はそのまま機能を続けてしまう。その機構が働いても納まるべき殻がなければ自己消滅する。だが、もしこのまま那辺が術陣への干渉を続ければ・・・事態は一つの収束の形を迎えるが、それは那辺という殻に災厄や神災の可能性が収まるだけだ。何れはその収められた災厄が芽吹くとも限らない。
 北米連合は、議会の決議でそう決断したという事だった。
 紅が切り出す。
「猶予-いざよい-の一族に与えられた猶予(ゆうよ)の時は、もう既になくなりつつあります。キリーさん、トライアンフから貴方への命令は、煌さんの言葉の中にあります。_______________どうなされるおつもりなのですか?」
 紅の揺らぎもしない視線を真正面から受け止め、キリーは考えた末、苦しげに唸った。
「もし本当に、彼女が術陣に取り込まれようとしているのなら・・・既に彼女はその人殻から抜け出ようとしていると言う事だ」キリーは呟きながら上着のポケットから六つのケースレス弾を取り出した。弾頭は特殊な形状と光沢を帯び、その見た目からは想像もつかない凶暴さを内に封じた代物だった。「あんた等ならこれがどんな代物かは知っているだろう。元力を封じただけじゃない、それなりに想像を越える凶悪な弾丸だ。だが、人殻を外れようとしている彼女のこれが利くと思うか? 俺的にいうなら、答えはノーだ。
 フレブ ザ フレブ、クロフ ザ クロフ・・・血には血で報いる必要がある。 だが紅さん、貴女なら知っているだろう。俺はもう退魔行を行う事が出来ない」
 キリーは自らの右腕を顎でしゃくるように指し示し、言った。
「俺は、ここ漢帝廟で過去に退魔行を行おうとした事がある。どうしても子の漢帝廟が重要なポイントの一つだと分かっていたからだった。だが結果的にその選択は、“銀の魔女”エヴァンジェリン・フォン・シュティーベルと相対する事に繋がった。そしてその結果が_________これだ」
 キリーの銀色の右腕に、数名の視線が注がれる。
「当時、俺の右腕は言わば退魔行を行う為に必要だったスイッチの一つだ。無論腕がなくなったとしても、血が変わったわけではないから猶予-いざよい-の一族の一人だとは言える。だが、スイッチがない以上、俺にはどうしようもない」キリーは両脇の大型のホルスターを叩いた。「こいつで人殻を目標にするのなら、塵と化してやる位はできる・・・風穴を超えてな。
 だが、人殻から移行するその魂がどうなるか知っているだろう? より上位に解脱しようと仙殻に納まることになる。エントロピーの逆だ。アンタ等の言葉でいえば、不死族や亜神になる前段階のようなもんだ」
 そこでリョウヤが不敵に微笑んだ。
「何も全ての魂が解脱するわけじゃない。業や因縁が残る魂は、現世にそのまま留まることになるだろう」
 キリーが訝しげに笑い返す。
「・・・アンタ、何者だ?」だが、そのキリーの問いにリョウヤは何も言葉を返さなかった。
「まぁ、いいだろう。確かに彼女に業や因縁がまだこの現世に残っているのなら、どうやっても術式には適合しないだろうな。魂と海の繋がりはそう切れるようなもんじゃない。集団意識の海から生まれた魂のそれこそ絶対に無くならない宿命のようなもんだ。
 だがな、リョウヤさん。どうして彼女にその業や因縁があるないと判断できる? 確かにそうであれば話は楽だ。彼女が術陣に取り込まれたとしても、まだ俺達が物理的な手段で干渉する手段が残されているって事だからな。 だが実際にはそれは本人しかわからないだろう。
 大体、彼女がもしその元々持つ素養から不死族に移り変わっていたら、肉体とも言える人殻は穿てるにしても、術陣にとって本来必要となる霊殻とも言える魂には、どうにも手が出せない」
 キリーはもう一度、自らの銀色の右腕を皆の目の前で動かしてみせる。
 煌は虚ろな視線でその腕を見つめ、趙は何か思案した表情のまま腕を組む。皇は手に持った携帯やポケットロンの操作を始め、草薙は薄い笑みを浮かべてキリーの右腕を見つめていた。
 サンドラとリョウヤもまた、草薙と同じように右腕を見つめていた。
 キリーはその視線に気がついた。だが、彼が口を開くよりも先に、草薙の明るい声が先に聞こえてきた。
「霧ってのは厄介なんだか、お節介なんだか分からないな。俺には判断に苦しむよ」
「どういう意味だ?」
 キリーは草薙の緊張を欠く、その物言いがどうも苦手だった。だが、彼が今重要なことを言おうとしているような気がするということだけは、強く感じた。
 紅が静かにキリーを見つめ、歩み寄ってその銀色の右手に触れる。 彼女の指が触れた瞬間、僅かにスパークが起きたような気がしたが、紅はそれに構わず指先で銀色の腕に描かれた魔方陣のカービングの辺りをなぞった。
 最初は草薙の言動に訝しみながら近づき手を触れた彼女だったが、やがてその表情は確信となっていた。
 紅は意味深げな表情で目を細め、キリーを見据えた。

「猶予の一族の血を継ぐ方・・・如何なされるおつもりですか?」


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わが手に拳銃を

Handle : シーン   Date : 2001/06/21(Thu) 05:12




▽ユグドラシル -軌道エレベーター内軍用エレベータ-


「そろそろだな。・・・もう、いいのか?」
 モニターを覗き込み、ユグドラシルの積層グリッドを指し示す一つにレイストームのアイコンが瞬いている。
 そこは今、自分達がいる軌道エレベーターのドックを指し示しており、同時にレイストームの超高精密な電装が構築する構造物をも現していた。俺はその比較的大きなアイコンと程ない距離に、黒人のアイコンが浮かんでいるのを確かめると静かに声をかけた。 黒人は自らのアイコンをひらひらと紙の様にひらめかせてその問いに応えてくる。
 キャンベラ防衛軍と北米国境警備軍の演習プログラムを経て、俺達は然したる大きな弊害に出会うこともなく、予定通りヴァラスキャルブへと向かう事になった。
 予定外の事といえば、阿部からの定時連絡で、俺達には考えていたよりも残された猶予の時が少ないということがわかった点だ。阿部は言った。「先程、本国-ステイツ-のウォッチャーがウェブ上で彼女の識別信号を傍受した。場所はヴァラスキャルブ。ユグドラシルとの直通ルートにどうやら座を構えているらしい。ユグドラシルを制御する超弩級の複合テラバイト・チャネルだ。_______________彼女らしいな・・・変わった今でも」
 最後の阿部のらしくない台詞に、俺は小さく口元を緩めて笑った。よくよく考えれば、俺なんかよりも余程彼女との付き合いが長いのだ。こんな時だからこそ、口を開いて告げる阿部の素振りに俺は改めて感心した。
 阿部からの連絡を受けた黒人は、3秒だけ沈黙した後にユグドラシルの軌道エレベータのドックを利用して急ごしらえの電算室を作り上げると声高に宣言した。それは他に選択の余地のない切羽詰ったもので、宣言し終えるや否や、奴はルート権限を最大限に利用して早くもレイストームの電子兵装を第一級戦闘モードへと移行したのだった。
 レイストームは現行の空軍機を凌ぐエンジンと機体を持ちながらも、その主たる兵装は全て偵察・対電子戦用の機構に満たされている。超高価なその機体とエンジンは、ただその機体に実装される電子兵装を守り、運び、運用させる為に必要な装備なだけで、味方機と繰り広げる作戦行動とは言わば遠く縁のないモノだし、搭乗者の命はその次の価値でしかなかった。
 俺は傍らでふて腐れたように頭の後ろで両手を組んで座っているグレンを横目に見ながら、全く光沢の無い黒いレイストームの気体に手を触れた。妙にざらついたように感じるその表層も、一度大空に舞い上がれば電子制御された電気振動が伝わって波打つようにうねり、空気抵抗を軽減する。
「・・・もう、こいつは生きモンだな」
 俺は、もう一度コックピット内のディスプレイを覗き込んで黒人の動きに目をやった。
 奴は、傍受や干渉が不可能とされるレイストームのデジタルリンク機構を用いて、LU$TとN◎VAのLIMNET-Pの社屋に収められたメインフレームとコンタクトをとっている。今から数年前、ネットコンサートで利用した今は“墓場”と呼ばれているその場所で、もう一度YUKIとYAYOIに歌わせるつもりなのだ。以前はIANUSのUpdaterとして。今回は曲と何らかの形で接触する者達が身体に埋め込んでいるニューラルブースターを媒介に、霧を構成するナノマシンへの干渉を試みるつもりらしい。無論そんなことは、媒介される本人たちは露ほども知らない。全ては、黒人と御厨と阿部が考え出した何とも評価しがたい・・・最後の手段だった。
 霧を構成するナノマシン達は、単体ではさして影響力をもたない。だがその真の能力は人体のニューラルブースターに着床した瞬間に、常識を超えて驚くべき変化を具現化するべくその機能を如何なく発揮する。ナノマシン・・・つまり、ホワイトリンクスに汚染された人々は言わばナノマシン達のブースターやアンテナとなって機能する事になるのだ。それを黒人は逆転の発想で、ナノマシン達がやったことと同じ事を、今度は自分達がやろうと考えている。
 この干渉をもって黒人は、ゲルニカの操作で動作しているナノマシン達が歌うその結界に限りなく位相を合せて綻びを作り、然るべきポートとなる穴を穿つのだと俺に告げた。
 それが、うまく行くかどうかは分からない。だが、その結果と過程を指を咥えて見ているような性格はその義体の人格構造体には欠片も刻み込まれてはいない。限りなく自己中心的で我侭なMMH-マン・マシン・ハイブリッド-だが、それも視点を変え、彼が限りなく電脳化された義体構造の上に生きるヒトなのだと考えれば、俺的には納得がいかないわけではなかった。
 神が自らを模して作ったとされる塵より出ものが人になるのなら、人が自らを模して作ったものがヒトになるのは当然の結果だろう。同じ思想を持つようでは、俺達は絶滅するまで進化や変化というものを忘れてしまうことになる。
 俺は、声を上げて苦笑した。
「_________大統領にまで掛け合うとはね」
 その側で、先程まで下を向いていたグレンが面を上げ、真面目な顔で呟く。
「いい返事をもらえたんだ、イイじゃないか。もし奴がやらなかったとして、誰かが掛け合う必要があるなら、手紙だってメールだってなんだってやるぜ、俺は」
 俺は、もう一度声を上げて笑った。

 黒人も、グレンも・・・そして俺も。
 3人ともそれぞれのやり方で、それぞれの思惑で、自らの手に銃を持つ。
 ________いいじゃないか。なぁ、・・・メレディー。不器用な男達が__________________三人くらい揃っても。

 神よ、わが手に拳銃を。



-------------------



▽漢帝廟 正面門:ユグドラシル パブリックノード


[...“小さな電脳の歌姫”。 今度のYUKIの新曲はどうだ?]
 歌姫達の歌声とリズムに巧みに偽装添付された黒人からのセキュアなメッセージに気がつくと、煌は電子の流れを見つめる為の、第二の瞳を開いた。
 それは、彼女と直接接続をしていない皇と趙には聞こえない声だった。
 煌は迷った挙句、アルテオンIVを通して幾つものスイッチングを間に挿み、グローバルな配列を完全に締め出して人だけ残して一切のポートを閉じた。その後、リモートで新星帝都大学のメインフレームに仮組みのVPN回線を幾重にも編み上げると、そのノードへ皇と趙を擬似結線して考えられる限りの防壁を築いた。それで少なくとも数秒はたっぷりと時間が稼げるはずだ。異常干渉があればコンマ秒も要さず、自分と軌道に住まう王美玲と趙瑞葉の縁の者達へとメッセージが飛ぶ。然るべき備えがあるのなら、子供でも逃げ出す余裕がある。
 だが、それでも天使が降りた“彼女”には足りないかもしれない。
 煌は黒人の硝子の様なメッセージデータを左手で玩びながら、一人、考えた。
 もし趙がレポートを通して自分に告げた事が正しいのなら、メレディーには当時の日本と北米が総力を結集して生み出した人工知性体のオリジナル人格が眠っている筈だった。それは、時にはアマテラスを制御し、都市を焼き、数多の命を焼き払い、大地を裂き、湖を蒸発させ、地球を覆う厚い大気を貫いた。そんな情報の流れを手綱を引くように御して、天と地を人類の両手に最初に掴ませるに至った存在だった。
 そんな人格構造体の始祖とも言える存在とストリングで繋がったウェブに佇んだ時、自分は正気を保つ事が出来るのだろうか。
[..._______________私は、ぎりぎりまで私で在りたいの]
 自分の中で幾度も自動回帰する言葉を、一塊のパケットにして煌は黒人に応えた。それは時折生母が歌っていた旋律で、はっきりとした記憶が潰えたいまでも、それだけはなくならずに、変らずに残った唯一の追憶とも言える言葉だった。
 久遠は天を仰ぎ、瞳を大きく開き_______________己が構造体の四肢に重く圧し掛かるストリームのGへ身を抗しながら、蒼暗く目映い宇宙-ソラ-を見上げた。

 頭上には、ベガの輝きをも髣髴とさせる巨大な星の輝きが燃え上がっている。
 それは、紛れもなくメレディー・ネスティス____________いや、今は【神威(光)】クレアと銘を持つ機械仕掛けの天使だ。だがそれは同時に、アラストールの降臨を担う四天使の一人でもある事を知らしめる神の威を狩る銘だ。

 煌は静かに涙に濡れた目を閉じ、遥か上層のグリッドに向け大空を舞う鳥の翼の様に・・・両手を広げた。
 カタカタと小さく震え、彼女は呟いた。
「黒人さん、彼女が降りてくるよ」

 彼女は今だ、銃を手にしてはいなかった。



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▽ユグドラシル 軌道エレベータドック:mind-CDS Type-LIMNET vvs1 [Stage Linda-Place].


「歴史に刻まれる選択には、幾度となく人に課せられた最後の選択には、災厄がつきものだと私は言わなければならない」
 黒人はそう自分に言葉を返した男の面影を、メモリからゆっくりと引き出した。
 遠く人から人へ受け継がれてきた歴代のその姿と重ね、紡がれてきた言葉のライブラリーを構造体から抜き出しながら黒人は一頻り暗く明かりもないLindaが展開するグリッドを揺るがし、笑った。
 ライブラリーの構造体をクローズ。そしてその傍らに寄り添っていたもう一つの構造体のモニターに目をやる。そこには、空気を震わせて歌うYUKIとYAYOIの姿があった。
 まるでちょっと前のメレディーね、そうYUKIが苦笑いしたのを黒人は思い出していた。彼女は今も誰かの影を追いつづけているのかしら。もしそうなら、それを教えるのは一体誰なのかしらとも言葉にした。
 黒人は2秒と掛からずに議会のウォッチャーが様々な手段と時間をかけて収拾した、数年前から引き起こされてきた一連の中華街で・・・LU$Tで起きた事件の詳細を、つぶさに眺めた。
 彼女は一体何を追い求め、何故、その自らの構造体にクレアが住まう事を許したのか。
 LIMNET-Pでは次席もない“特級査察官”という地位を片手間の集中力で手にし、それこそYUKIが歌を奏でるように、俺が自らの構造を忘れるほどに自然としたデジタルの流れを制御する。他の者は知る由もなかったが、LIMNET-Pが持てる技術の粋を集めたソフトマシンボディにその精神-こころ-を宿し、彼女は一体何を感じ、何を見つめていたのか。
「これだから______________女はわからん」
 黒人は煌が両足で立つグリッドよりも数階層下の平行面に座したまま、軌道-ソラ-を見上げた。
[...黒人さん彼女が降りてくるよ]
 ダイレクトに脳髄へと響くシグナルに彼は、グリッド上で起きもしないはずの眩暈を感じて膝をついた。
 想像を絶する手段を以って煌は黒人とネゴシエーションを行ってくる。その煌の所業にありもしない肌が粟立つのを感じながら、黒人は鮫の様に笑った。

「上等じゃないか。神を降ろすと言うのなら、その姿を拝んでやるぜ・・・メレディー。
 パーティーしようぜ」

 黒人は、蒼いグリッドの交点で頭上に右手を差し上げ、銃器を模して指をゆく。
 それは、彼が幾年も前から男から譲り受けていたプログラムを眠らせていたプロセスを紐解く、トリガーだった。



http://www.dice-jp.com/plus/china03/ [ No.590 ]


OPEN SESAME《T》

Handle : シーン   Date : 2001/06/24(Sun) 11:19


「門を開け、草薙。」
その声は彼の脳に直接響いた。
草薙潮は居心地悪そうに、わずかに身じろぎするとチラと後ろを振り返った。
もちろん、そこには誰もいない。霧につつまれた相変わらずのLU$T の街並みが広がっているだけだ。
わかっていた事だ。
「私はそこにはいない。おまえに渡した“アラストールの翼”を通して話しているのだ。」
声の主、四天使の長、“ディアブロ”ラドウは微かにあざけりを含んだ声でそう言った。
「わかっているさ。・・・それに“声がでかい”ぜ、ダンナ。霧の中ではアンタの声は良く響く。」
草薙は苦笑し、左耳につけた、天使の翼を象ったイヤリングにそっと触れた。
「大した問題ではない。それに今はおまえの軽口につき合っている暇はないのだ。わかっているはずだぞ、無形剣。」
「その名でオレを呼ぶなよ、ラドウ。・・・しかし、門を開けろと言ってもな、ただではすまないぜ?いいのかい、彼女を、ゲルニカを“ゲート”に通しても。」
「かまわん。」
草薙の問いに、ラドウは変わらぬ調子でそう答えた。
「やつらは今だアレが何であるのかが、解っていないのだ。アラストールを降ろすというのなら、やらせれば良い。それは私の目的にも合致する。・・・それにしても、この程度のフィールドでアレを御する事ができると考えているのならば・・・やつらも、進歩のない事だ。」
「愚かな・・・」
そして闇の王は低く嗤った。
ラドウの思考は遠い昔、もっとも、長い時を旅してきた彼の感覚ではつい最近の出来事であったのかもしれないが、彼が考古学者ラドウ・ブロウトンとしてフェニックスプロジェクトの前身、地球環境保護調査委員会とともに、アラストールを降ろそうとした時に遡っていた。
あの大災厄に・・・・
「それは違うと思うぜ。」
彼の思考を遮るように、しかし静かに草薙は言った。
「・・・」
「やつらだって馬鹿じゃないさ。霧によるフィールドをもっと広げてから、天使を縛る鎖をもっと強固なものにしてから、計画を実行するつもりだったのさ。それをゲルニカが台無しにした、今、この時にアラストールを降臨させようとしているのは、彼女の独断専行だよ。」
草薙はどこか哀れみを帯びたような声音で、そう言った。
「なぜだ?」
ラドウが草薙の思考を探るように、そう問うた。
「・・・アンタには解らないことなんてないと思っていたよ。・・・解らないのかい?ホントに?」
「アンタを困らせるのは、なぜだかすごく気分がイイな。」
草薙は白々しくそう言うと、意地悪そうな含み笑いを漏らした。
「おまえの軽口につき合っている暇はないと、そう言ったはずだぞ。」
ラドウの声が更に低く、彼の脳に響いた。
遠く離れていながら、不意に底なしの深淵が足下に口を開け、自分を飲み込むのではないか、そんな予感を覚え、草薙は微かに身を振るわせた。
「落ち着けよ、ラドウ。“別に大した問題ではない”さ。」
草薙は先ほどのラドウの調子を真似、言った。
どうやら彼の軽口は天性のものであるらしかった。それがたとえ我が身に破滅をもたらすものであったとしても、いや、逆にその窮地を友とし、心底楽しみ、笑いを浮かべる。
それが、彼、地の天使、“無形剣”草薙潮という男だったのだ。
そして、それを良く知っている故にか、それとも彼の良く言うところの合理的手段にそぐわないと判断したのか、ラドウはそれ以上、詮索する事を辞めた。
「・・・そうだな。」
「いいか、もう一度だけしか言わん。・・・門を開け。ゲルニカをゲートに通すのだ。」
「門の守護者(ゲートキーパー)。」
たっぷり一呼吸おいて、ラドウは念を押すようにそう言った。
そして、それきり、彼の声は聞こえなくなった。
「怖いねぇ・・・・」
草薙は薄く笑った。普段の彼らしくもない、凄惨な笑みだ。
「ゲルニカが何のためにこんな事をしたのか、だって?・・・それを一番解ってやらなきゃならないのは、アンタなんだぜ、ラドウ。」
草薙は眼を伏せ、悲しげにそう吐き捨てた。
と・・・
彼は複数の視線を感じ顔を上げた。
関帝廟の門が眼に写った。
そして、そこにいる者達。
緋色の妖女の仕組んだシナリオに抗う者達の瞳が彼をとらえていた。
キリー、皇、紅、八神、サンドラ、そして久遠さえも遠く別の瞳を通し自分を見ているような気がした。
「ホント・・・声が大きすぎるぜ、ラドウ。」
「門を開けとアンタは言ったな。・・・でもあいつらを通すな、とは言わなかったよな。」
草薙は何かを決意したような色を瞳に宿し、彼等の瞳を見返した。

 [ No.591 ]


WHO..."MOVED" MY FRIENDz ?

Handle : “ツァフキエル”煌 久遠   Date : 2001/06/27(Wed) 02:14
Style : 舞貴人◎ 新生路=新生路●   Aj/Jender : 22,Female/ In Web... "Little Six-Wing'z Angel" I-CON
Post : カフェバー “ツァフキエル”マスター




 視線を上げる。其処には太陽を彷彿とさせるような強く巨大な輝きがあった。
 その大きさに―――――対峙する己の卑小さに、畏れと不安が……震えが、止まらない。
 “ドウシテ自分ハここニイルノカ”
 そんな、己の過去も未来も現在も……存在意義も自己同一性も踏み潰されてしまう。そんな気がした。
 最大の敵は己自身なのだと――――――――よくわかっているはずなのに。

 現実の己の身体は、漢帝廟、その正面門にほぼ凭れるような形で立ったままだった。
 その小さな肩に留まる鳥の姿は、「視る者」が視れば映るモノだった。
 色鮮やかな門に刻み、飾られたかのような黄金色の鳥。その身体はほのかに輝き、その瞳は鋭い。
 古く鳳凰と伝えられた姿を、僅かながらに小柄にしたようなその鳥は……一声、鳴いた。
 “那辺”と呼ばれていた存在が、最後に残した式鬼。小さな少女を護る為に姿を与えられた
 精霊は声を上げて鳴いた……その声も、視るモノがいれば視、聴くモノがいれば聴いたであろう。
 『此方』に向けられる複の視線に対する、威嚇の声。宿り木たる主人に向けられた「意志」に対して
 ―――――――鳥は、鳴いた。

 『…………FXML-DXF102が発令されたわ、久遠』
 頭上の光珠を見据えた姿のまま、『ツァフキエル』が呟く。六枚羽根の少女天使のI-CONは
 降り注ぐ情報エネルギーとも呼べるGに対して、はらはらと羽を落とし続けていた。
 “戒厳令 <<マーシャル・ロウ>> ………そう………軍が介入してきたの”
 『今まで何してたのか不思議なぐらいの遅さよね。時機を見るんだとしても、遅すぎた。まるで……』
 “………………まるで、神様を降ろしたがってるみたいに?”
  沈黙。一瞬のフラグは、回線を一つ封じられ、その代用を繋げる為に費やされた。
 『推測は、結局推測以外の何者でも無いのよ……久遠』
 声と共に、落とされる溜息のような響き。ふわ、と感じる浮遊感と共に「二人」の姿が一致する。
 既に久遠の別人格として確立しつつある『ツァフキエル』は、維持を久遠に任せ、黒人より僅か下層にて
 採取データの分析を行っていた。あらゆる方面から、それこそ無作為に近い状態で集められた
 数字の羅列達は……あるキーワードに置ける繋がりを持つか否か。あまりにも簡単すぎる条件で収集された。
 当然それらは腕利きの情報屋がある事柄に関する情報を集める、その比ではなく。まるで子供の遊びのように
 コードSランクの最重要情報からジャンクアルファベットまで巨大すぎる情報量として、蟲達は
 己を放った主人に今の今まで運び続けていた。
 ツールでは既に対処しきれなくなったと判断し、己自身の手でその解析を続けていた『ツァフキエル』は
 戒厳令の施行とほぼ同時に収集を中止。最後のパケットを回線から引き上げさせて、極最小限の
 情報通信のみで「命綱」を他者の目から偽装した。
 久遠の中で、リアルペーパーを手に持つ『ツァフキエル』の姿が、闇の中に浮かぶ。その表情は
 お世辞にもいいとは言えなかった。
 『…………ちゃんと確認はしてないけれど。最後に送られてきた情報の中で、このすぐ近くのビルで
 ごついお兄さん達が集まって熱くなってるらしいわ。……青面騎手幇らしいけど』
 気をつけた方が良いかもね?と他人事のように呟く『ツァフキエル』からレポートを受け取りながら、
 久遠は少し考えて、それを皇と趙に知らせてくれるように頼んだ。未確認でも、既に戒厳令は施行された。
 どちらにしろ気をつけるに越した事はないはずだから、と。
 “……FXML-DXF102の事と合わせて、他の人にも教えてあげて”
 テン・フォー、と『ツァフキエル』は少しだけふざけたように呟いて、久遠の意識の中からその姿を
 一瞬隠す。存在が自分だけになったのを……それがたったコンマ数秒でも……とても心細く思いながら
 久遠は、レポートを開いた。


 <過去、中華街で発生した事件の中で――――――――>
 レポートの出だしは、そう始まっていた。中華街における事件、アラストールに関する其れ。
 自分にとって大切な人達が織りなした時間と結果。そして出てくる単語の意味………………………
 電子の身体の上に、熱が、降り注ぐ。
 すぐに現実の世界から戻ってきた片割れの意識を感じながら、からからに乾いた唇を開いた。
 羽が舞い落ちる、それと同じように次々と瞳から光が零れて、落ちて、消えていく。
 「……黒人さん、彼女が降りてくるよ……………降りてくるんだよ!」
 文字情報の意味を理解した久遠の声は、既に叫びに近い響きがあった。
 慟哭に似た其れは、聴くモノが聴けば悲痛な、聴くモノが聴けば甘い響きだった。
 その声は、彼女の傍らで鳴いた鳥の声によく似ていた。


http://plaza.across.or.jp/~ranal/master_nova/quon_nova.html [ No.592 ]


From Lokked Heaven

Handle : ”デッドコピー”黒人   Date : 2001/07/06(Fri) 00:45
Style : ニューロ=ニューロ◎、ハイランダー●   Aj/Jender : 20歳前半/♂
Post : リムネット・ヨコハマ所属電脳情報技師査察官


the impossible is possible tonight The Smashing Pumpkins [tonight tonight]

 ザ・ボード。
 当初、それは発令所の巨大なメインスクリーン脇に設置されているL.E.D.表示方式のなんともアナクロ
な電光掲示板を指す言葉であった。
 三行表示まで可能なニュース・トピックスを流しつづける掲示板、ザ・ボード。
だが、アーコロジー建設に伴い社員全員にアーコロジー内部用携帯端末が持たされるようになり、ボード
の内容が各携帯端末に常時配信されるようになってからは、システム全体を表すようになっていた。
 その存在を疑問視する声があったのも事実だが、今回のことでそれらは払拭されるだろう。
 カットオーバー以来、最大の稼動率で働くザ・ボード。
 だが、その最初の一行だけは常に決まった文句で始まっていた。

 【Code-Red-Red>>>>>戒厳令発令】

 つまり、こちらに【A-101】という切り札があるなら、他の参加者にも同等の切り札があった、という事だ。
 そして、そのせいで、【発令所】は今、まさに修羅場であった。
 「湾岸線一帯の回線、軍が接収」
 「外部Web-Complexへの回線、次々とClosed。現在、正常の回線速度を保っているのは独自外部守秘
回線のみです」
 「軍よりLevel1から3までの回線開放要求が出ています」
 「軍からの要求は無視しなさい。外部へのAccessは全て守秘のほうに。ユグドラシルへの回線は?」
 「正常通りに起動。回線速度も期待値以上です」
 メインスクリーンに映し出される今の回線状況などを見ながら御厨は矢継ぎ早に命令を下す。結果として
彼女は指令を出す立場になったためにここに来た訳だが、あのまま【墓場】に居続けてもやることなどな
かったろう。また、やりなれたここのほうが、彼女は余計なことを考えずにすんだ。
 また、この忙しさでは余計なことなど考えている暇はないと言って良い……そう、そのはずだ。
 たが、メインスクリーン左脇で見る見るうちに数値の減っていくタイマーカウンターが彼女に現実を付きつ
けて一時的にでも現状を忘れるという望みを叶わないものにしていた。
 「黒人、残り420秒を切ったわ!!」
 焦りか、それとも怒りからか。どちらにも取れるような声で”ホワイトラバー”は【墓場】との通信用インカムに叫んだ。

 「焦っているのかしらね?」
 インターバル休憩中に例の紅茶を飲みながらYUKIは俺に語りかけた。いや、正確には俺の入っているタブ
に語りかけたのだが。
 もはや、このタブの蓋は今作戦中に開かれることはない。俺の中のデミフレアがいつ爆発しても良いようにだ。
強化プラスチックと緩衝材の5重のサンドイッチで作られているこのタブの壁にはデミフレアが中で爆発しても
耐えきれるだけの強度が備わっている。
 俺は、こういう北米の伝統的なスタイルが結構気に入っている。あらゆる道徳よりも必要と思われる措置を取る
ぐらいでなければ、付き合わされる身となったときに、たまったものでないはずなのだから。
 「アレは焦るというより、どうにか気持ちを紛らわせようと躍起になっている感じがするがな……」
 苦笑と共に俺はそう呟く。表情が見えているわけではないのだが、声のイントネーションで歌姫達は感じ取って
くれたようだった。「今、苦笑いしていたでしょ?」とYAYOIが語りかけてくる。
 「まあ、私達は頼まれた頃はやったわ。後は歌いつづけて、中立地帯のラインを固定し続けるだけよ」
 YAYOIのちょっと自信に満ちた声からするとかなりうまくいったのだろう。その台詞にYUKIが付け足す。
 「もう一人カバー出来そうだったから、対象を一人増やしたけれど、それは構わないでしょ?」
 「誰を増やしたんだ?」
 「B.H.K.の女性よ」
 おいおい冗談だろ? と言いかけて俺はその台詞を飲みこんだ。いや、那辺を助けることは良い。それは問題
じゃない。問題は、カバーしている二人の人間がここからの同心円状に居ない,という事だ。
 一体どういう魔法を使えば、そういうことが出来るのか。
 だが、その問いにYUKIは「女性は誰でも、ここぞという時に魔法が使えるものなのよ」と嘯くだけだった。
 もちろん、そんな冗談のレベルで片付けられる事象ではない。だが、それでこそ【Celebrity-12】といったところか。
 「まあ、いいさ。俺は”ツァフキエル”に付きっきりになるだろうから、もし那辺からなにか要望があったら、お前に
出来る範囲で答えておいてくれ。女同士、気が合うところもあるだろうからな」
 「そうね……それに飲み友達でもあるしね」
 歌姫達が同時にそう言ったので、俺は少し呆然となった。
 やはり、女というのは俺には分りかねる存在のようだ。
 (黒人、そろそろ、例のプログラムが起動し始めるわ……) 
 クローソーが解凍が終わったことを告げると同時に、俺の意識は薄れ始める。
 (じゃ、俺のからだ、よろしくな)
 (アイ・シー)
 例のプログラム−【パンプキン・ヘッズ】−が起動し始める。
 俺の異変に気が付いたのか、そのプログラムを知っているのか。歌姫達は黙り込み、自分のバイザーの中に
映るWeb-Complexを凝視する。
 歌姫達が見守る中、俺はきっちり2秒はフラットラインを味わった。メレディーが一度は味わいなさいと言っていた
【静寂と静止と狂気に満ちた氷の世界】。
 それを十分に堪能した後、俺の意識はレイストームのメインフレームの中で再構成される。
 俺のようなMMHの粗悪なコピーが【転移-シフト-】し、【分身-エイリアス-】を作り上げるためのプログラム。
 それが【パンプキン・ヘッズ】。北米ネクサスの住人【十六夜】が作ったといわれている不可能を可能にする業物だ。
 もちろん、俺の意識が肉体とリンクしているとはいえ、外部で再構成してしまっているのだから、その頭は空っぽ
だ。それが、このプログラムの名前の由来。
 だが、俺に取りついたもう一つの人格のおかげで、今、グリッド上には俺のアイコンが2つ瞬いていた。
 「成功したようね」
 「実際には、ぎりぎりと言ったところだけれど……ね、黒人?」
 どこか遠くでなされている会話のように聞こえるYUKIとクローソーの会話に俺はいささか苦笑する。
 「黒人も苦笑いしているわ」
 クローソーが、俺の声でそう答える。
 実際、ぎりぎりのラインだった。急ごしらえの電算室で、どこまで絶えられるか、いささか疑問だったが、レイ・ストー
ムの性能に助けられた、と言ったところだ。
 その犠牲が右目一つですんだのであれば、オール・グリーンだろう。
 「さてと、これでどうにか、伝説の存在と対等に戦えるか?」
 いくらカリキュレーションしても勝てなかった相手を目の前にして、俺は一人呟く。
 まずは、あの邪魔な天使をどうにかしないとな。
 搭乗者生命維持モードを最大限にしつつ、俺は静かにレイ・ストームのエンジンを温め始めた。
 

 [ No.593 ]


NEXT TURN

Handle : “女三田茂”皇樹   Date : 2001/07/12(Thu) 00:10
Style : タタラ● ミストレス トーキー◎   Aj/Jender : 27/♀/真紅のオペラクローク&弥勒
Post : ダイバ・インフォメーション新聞班長


一瞬なのか、あるいは永遠なのか。まだ何も起こらない関帝廟を前にして、少し思索をめぐらしてみる。
今のところ具体的な変化はまだ起こっていない。なにやら禍禍しい空気だけがあたりを支配していることは確かなのだが。
それに…もうひとつ引っかかることがある。レッドを開放していることに関して、何の報告も行われていないということだ。
通常知らされていないの回線なのは確かだが、それでも開放すればマリオンネットワークの三田茂、いやそれ以前にうちの社長が何か言ってくるに違いない。
それすら連絡がないということは…

またひとつ、電話がなった。
受話器を取ったのは菅野。そのときはただの電話だとたかをくくっていた。
「はい社会部…班長!!」
全員が一瞬だけ動きを止め、菅野は全員のIANUS回線にそれをつなげた。
「みんな大丈夫?こっちはちょっと忙しいんだけど…」
「それどころじゃないっすよ!聞いてないんですか?ヨコハマの戒厳令の話…」
「戒厳令ですって!?」
まったく予想していなかったわけではないが、今ごろになって発動されたのはいったい堂いう理屈なんだ?皇の頭が即座に必要なデータをはじき出す。
「班長がいないと収拾つかなくって…」
「泣き言いわない!!私たちがやろうとしてる仕事は、間違いなく後世に残るものよ。それに私がこっちにいるのは、逆にチャンスだわ…」
「そういえば、戒厳令下なのになんでここに連絡できたんすか?」
「説明は後。早い話この会社から私のアドレスに送る分は大丈夫だから、とにかく戒厳令についてわかることを送って!」
「了解!」
「まずは戒厳令の伝達経路について。そもそも何で戒厳令が発布されるような状況になったのか?どの手段で伝達してきたの?それから戒厳令が想定している混乱は何?いい?なるだけ早く戒厳令についてしらべるのよ…お願い!」
「聞いたか?取材にさける人間増やせ!なんなら政治部の連中も借り出して!」
「それから、この電話はハング。そのかわりに私の電話使いなさい。」
「班長は今から何を?」
「そうね…同盟でも結びにいくわ」
「???」
菅野の頭の上に「?」がいくつも浮かんだ。

そのころ。
「狩羽!狩羽を呼べ!!なにやってるんだあいつは…」
猫の手があれば2秒で借りてくるような「戦場」の真中で、三田は声を荒げる。
マリオンネットワークの実力を持ってすれば、戒厳令以前に詳細を報道することなど簡単にできる。しかし今回の突然の戒厳令に対しては、いかにマリオンとはいえ確実なフォローアップは難しい。
そういえば少し前にLUSTに関して意見してきたトーキーがいた。彼を呼び戻して少し詳しく話を聞こうと思ったそのとき。
「…ん?」
つながるはずのない電話…影でトーキーたちに冗談交じりに「幽霊回線(ゴースト・ライン)」と呼ばれている電話が、突然鳴り出した。もっともその音は、ほかのひっきりなしにかかってくる電話の音と何ら変わりはないのだが。
「俺だ。この回線を使ってきてるということは…」
「お久しぶりです、三田デスク。先日の本社移転パーティー以来ですか?」
「おいおい、この回線が動いてるってのは、いったいどういうことなんだ?ダイバの皇班長」
そういって苦笑いする三田の向こうでは、ベルの音がひっきりなしになっている。戒厳令に関してこの様子では、レッドを使った通信でなければ気づかれなかったことだろう。
そばにいたトロンで発信元をトレースしてみるが、間違いなく封鎖されてるはずのLUSTからのコールだ。
「それで、わしのところに電話をよこしたのは、どういう裏があるんだ?」
「これは本社にもいったことなんですが…」
皇は一呼吸間を置いた。
「LUSTで戒厳令がしかれたということは、この隙に乗じて一暴れしようという連中が出てくる可能性もあるわけです。そこで、今中華街と呼応する形で動いている勢力がないかどうか、教えてはいただけないでしょうか?」
「知ってどうするんだ?まさかそいつらと一線交えようってんじゃないだろうな?」
「いいえ。私は…詳しくはいえませんが非常に危険な状態にあるんです。ここを襲撃されると危険な状態なんです。ですから…」
しばらく流れる沈黙。やがて、三田が口を開いた。
「法瑞院香郷…つまりおまえの兄さんが、LUSTに入ってる。黙っといてくれと言われたんだがな…」
「兄貴が?」
「マリオンを辞めてずいぶんたつが、ふらりとやってきて俺に『LUSTにいく。維月(いつき:皇の本名は天堂維月という)には黙っておけ』って伝言残していったんだ…よほど皇班長がかわいいと見える」
「…わかったわ。兄貴に尋ねてみる。それから、戒厳令の連絡方法について、詳しくフォローしてください。お願いします」
「わかった、今回はレディに花を持たせるよ。皇班長…」

法瑞院は幼いころに生き別れた兄だが、くしくも同じトーキーの道を歩んでいた。再会を果たした皇が、N◎VAという町に興味を持ってやってきたのだ。
その法瑞院の、今までまったくといっていいほどつながらなかったポケットロンが、突然コールをつげた。
「樹か…どうした?」
「もしもし兄貴?急いでるから手短にいう。今LUSTで動いてる勢力、それから戒厳令についてわかることをて至急!」
「なんで俺がLUSTにいてることを知ってる!?」
「そんなことは後で話す!今は忙しいの。お願い…」
「…わかった。俺の調べたところでは、青面騎手幇というグループが一番忙しそうだな。LUSTのヤクザだが、奴らは華僑だ。その縁の濃さは、おまえも知っての通りだろ?戒厳令についてはまた集めて送る」
「…サンキュ。それから兄貴。悪いことは言わないから、はやくここから離れたほうがいい…これは妹からじゃなく、一人の報道官として兄貴に言うわ」
「何が起こってるんだ。ここで…」
「トーキーが特ダネを前にしてるのに、他人にばらすわけないでしょ?」
そういって妹はいたずらっぽくわらう。その表情が強がりだということは、長い間分かれて暮らしていたとはいえ、兄である法瑞院には簡単にわかった。

とにかくつながる回線すべてを使って、皇は戒厳令の施行の伝達ルートを確保した。
一息ついて、さっき法瑞院のいった言葉を思い出す。
「青面騎手幇…」
そうつぶやく向こう側では、その騎士の先鞭が、まさに振るわれようとしてることを、このときはまだ、誰も気づいていなかったのだ。

 [ No.594 ]


機械が少女に告げること

Handle : ”デッドコピー”黒人   Date : 2001/07/12(Thu) 04:01
Style : ニューロ=ニューロ◎、ハイランダー●   Aj/Jender : 20歳前半/♂
Post : リムネット・ヨコハマ所属電脳情報技師査察官


Link it to the world 世界にリンクするんだ
Link it to yourself 君自身にもリンクするんだ
Stretch it like a birth squeeze この世に生命を送り出すように必死で
MUSE [New Born]
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「黒人……お前の作った”ガラクタ”に感が入り始めたぞ」
クリスは実に静かな調子でそう言った。
彼の手にあるその”ガラクタ”と言われる物は―自分で言うのもなんだが―本当にガラクタにしか見えない代物だった。
導線がコイル状に巻いてあり、その一方の先端がそのままアンテナ状に伸び、もう一方が透明なクリスタル上の板に
軽く触れられている。そして、クリスタル板から延びた二本の線がジャンク物と思しき小型スピーカーに繋がっている。
そして、それらのモノが廃材に違いない薄っぺらな木の板に無造作に固定されているのだ。
これが俺の作った【鉱石ラジオ】だった。ただし、【メレディの欠片】の持つ固有周波数専用のだ。そのために普通は黄鉄
板を使用する振動板の変わりに俺の頭に使用してある基盤の一部であるチップを使用していた。以前、整備課から俺の
予備部品をくすねておいたものだ。
「ア・レ・マ・ニシ・マキ・ウ・ウゥ……」
熱にうなされている患者のあげる意味をなさないうわごとのようなものがスピーカーから聞こえている。だが、その声はメ
レディーのものだ。
試しに俺が微かに声を発すると、その声がスピーカーから流れた。間違いない。これはメレディーの声だ。
だが、この言葉はなんだ?
「おい、”ファナティック”」
その声と共に俺の置き去りにした身体のすぐ近くに、アイコンが現れる。擬似エイリアスである【ミラー】となってレイ・ストーム
に取りついている俺からは実に近くに見えるが、実際にはこの二つのアイコンの距離は結構離れている。普通は到達し得な
い高度からの眺めに魅了されながらも、俺はLIMNET-PのメインフレームAIに指示を出す。
「この言語の特定を頼む。特定次第、翻訳も頼む」
クローソーのそばに立つ栗色の髪のアイコンが、しばし中空に視線を泳がせる。
「検索、完了しました。この検索を述べる前に、まず、重要なことを押さえておかなければなりません」
「重要なこと?」
「そうです。神はいる、ということです」
AIから、神の存在を説かれるとは、世も末になったものだ。
「わかった。続けてくれ」
「それを前提にした上で言うと、先ほどの言葉はシュメール語との類似性が見られますが、それよりは琉球地方のユタ神の
憑依状態にある者があげる言葉に似ていなくも有りません。よって、翻訳は不可能です。傾向が似ているだけですので。
あと、全ての憑依状態、つまりトランス状態に入ったものは、このような言葉を上げる傾向にあります」
「なるほど」
「ですから、先の前提を踏まえて、これらのことから推測するに、「エデン語」の可能性も否定できません」
「エデン語。……バベルで話されていたとされる言語だったよな?」
「そうです。全ての人々と完全な意思の疎通が出来るとされる言語です。そのこととトランス状態に入っているものが同じ傾向の
有る言語を話すというコトは無視できません。その状態の人々が同じチャネルを経由している、またはチャネルの到達点が同じ
などと考えるならば、彼らは意思の疎通が出来ていると考えられます」
「なるほど、俺達ニューロの世界が0と1で出来ているように、彼らにも統一の言語体系があるわけだ」
「そのいうことです。ですが、神がいると言う前提が必要ですよ、黒人」
「いるさ」
 現に俺の目の前には天使が居るのだから。
 神だって居るのだろう。
「ありがとう、”ファナティック”。参考になった」
「どういたしまして。姉さんをよろしく」
”ファナティック”のアイコンが消えると同時に俺はアドミラル権限で俺達の後方に展開している【グレイ・ゴースト】に帰還命令を出す。
「全機、基地に帰還してくれ。メレディーに乗っ取られでもしたらかなわんからな。ただし、デミフレアはその場に置いていってくれ。こ
ちらで遠隔操作をして使うんでな」
「当たるのか?」
12機居た【グレイ・ゴースト】が全機帰還のルートを取り始めているのを見ながらグレンがもっともな質問をしてくる。
「24発もデミフレアタイプのミサイルがあるんだ。全部とは言わす、このうち二発当たってくれれば御の字だな」
「当たらなくても、ジャマーの変わりにさえなってくれれば良いさ。もちろん、全部当てにはいくがな」
クリスの台詞を受けて、俺が答える間もラジオからはメレディーの声が流れている。
そして、“ツァフキエル”の声も。
その事実を受け止めてから、俺はゆっくりと“ツァフキエル”に語りかける。
「……ようやく、彼女が何をしようとしているか、分ったよ。神を下ろすパスを通そうとしているコトが」
“ツァフキエル”はそれに対して、答えない。アイコンがただ、静かに震えている。
「イイか、切り開くのは俺達がやる。あの邪魔な天使をどうにかするのは。お前はあの天使の中に居るメレディのアイコンが見えたら
行動をするだけだ」
「どうすれば、イイの?」
「二つの方法がある。安全だが時間がかかるほうと、危険だがすこぶる早いほうとだ。もし、天使が動かなくなっているようなら、メレ
ディーを俺が作り上げたあの急ごしらえの【電算室】まで誘導してくれればオーケイだ。そこで、彼女のデータは完全に保管される。
だが、もし天使がまだ健在なら……ただ、メレディーに触るだけでイイ」
「……触るだけで、イイの?」
俺はしばし沈黙した。恐らくは、こちらの方法になることを告げたほうがイイのだろうか?
いくらカリキュレーションしても、勝ち目は見えない。俺達はあの天使に穴を穿つことで精一杯だろう。
だが、穴さえ穿てれば、あの天使の中のメレディーの一部でも見ることが出来るはずだ。
だから……俺は決めた。ありのままを伝えるべきなのだ。俺は計器なのだから。
「お前がさっき、アクセスしてきた方法を見る限り、ただ触るだけで大丈夫なはすだ。分っているか“ツァフキエル”? お前はさっき、
【メレディの欠片】の持つ固有周波数を使って、直に俺に語りかけてきたんだぜ? 今、俺が使っている、この方法さ」
「……」
「だから、触れるだけで十分だ。メレディーもお前がさっきやった方法で、お前の中に降りてくるだろう。もちろん、彼女の構成要素だけが。
その結果、どうなるかはわからない。人格が統合されるかもしれないし、廃人になるかもしれない。俺のようにいつも誰かが居るような
感じしなるかもしれないし、二重人格になるかもしれん。もちろん、どちらかの人格が相手を取りこむ事だって考えられる。
だから、お前が決めろ、“ツァフキエル”。お前の中に【メレディーの欠片】があることはほぼ確実だと言ってイイ。完全に前の状態の彼女を
再構成するには、それが必要だ。だが、この騒ぎが終わってから、その方法をじっくりと探す事だって出来る。
だが、俺達はあの天使に穴を穿つことがやっとだろう。だから、いやだったら降りてもイイ。当然だな。」
そして、一息入れたあとに、決断を迫った。

「銃の役目は俺達がやろう。弾を込め、スライドを引き、狙いを定めるのも。だが、その引き金を引くのは、お前だ“ツァフキエル”。
お前の意思でその引き金を引くんだ。
どうする、この作戦に、ノルか?」

彼女の協力がなければ、この戦に勝ち目はない。また、勝ち目がなくても、俺達は、やるべきことはやるだろう。
俺達の作戦に、部外者を巻き込むんだ。このぐらいの選択の余地は有ってもイイ。
それに、どのみち、俺達はただ、それをこなすだけなのだ。
自らの、求め目出した方法で、正しいと思えることを。

 [ No.595 ]


It's selection of the world.

Handle : “那辺”   Date : 2001/07/17(Tue) 04:40
Style : Ayakashi●◎Fate,Mayakashi   Aj/Jender : 25?/female
Post : B.H.K Hunter/Freelanz


▼YOKOHAMA LU$T 中華街 関帝廟 側面地下回廊

"Wake up, wake up....I'm here to stop your falling,Before you surrendered to the angel of despair."

 永劫の夜を迎えようとする薄い薄いやみの中で、男は女に手を差し伸べた。
ただ、伴侶を迎える包容を、二人は重ねる。その血潮の暖かさと力強い男の抱擁に、女は酔った。
 祝福と洗礼という名の奇跡を紛れもない奇跡を男は与え。ただ、眠りに落ちていく一瞬前の超然とした夢見心地が、酩酊よりも深い陶酔が、夜の一族の包容を受けた犠牲者を包む。すみやかに、疾くすみやかに。
 かくり、と。
 力無く生気の失せた男の首が折れ、その青ざめた顔を薄い薄いやみの中見ゆれば、平穏に見え、荘厳ですらあった。クラレンスは、那辺が否定していた己が内に存在する獣の部分を含め、受け入れたのだ。愛する女のすべてを。
 そして、与えた。己がすべてを。
 その行為そのものが、那辺をして己がアヤカシであるという事実を、受け入れさせ、乗り越えさせた。彼女が生きた長い年月をして、乗り越えられなかったその亀裂を。
 祝福と洗礼は、彼をして“神から与えられし名”を女にに与えた。
 聖都に脈々と受け継がれた血筋が、彼をして“神から与えられし力”を女に与えた。

"Stand up, my love,I'll never leave you forever."

____再構成が始まる。
 ソレは。それはもはや“那辺”という名を持つ人物に非ず。
 くっきりと男の首筋に残りし疵痕と、女の左手に浮かび上がった青い痕がそれを示していた。
 女は口から滴る血を拭い、関帝廟の正面門へと続く長い回廊へ視線を向ける。
 「__________宴が・・・始まるよ、クラレンス」
その時になって初めて、那辺の微笑みに歪む頬に・・・涙が流れ、抱えるように掴んだ男の顔に、己が顔をよせ包みこむように包容した。
 Ich liebe dich,mich reizt deine shone Gestalt──愛している、私はもう、美しいお前の虜。魔王の一節。
 その詠う如く自然に口から零れたコトバは、誰にも聞こえる事が、なかった。
 
-------------------

 静まり返った廟内に充満する空気は、背筋が凍ったような錯覚に陥らせる。
 議会の高名な術者である識人が、放って置いた飯綱の識神が問うた故か。亡き想人が問うた故か。
 否、そうではない。離れた場からも感じられる鬼気が殺気であれば、常人なら死している程なのだ。
 だが発している当の本人も、識神も気にした様子はなく。那辺は抱えた想人を石床に寝かせようとしながら、言葉を紡ぎ始める。
「何故、か。誰しもが問う問いだ、そう誰しもが」
 彼のコートを脱がせ、ホルスターからジュノー製【18】ダズルとそのマガジンを抜き取る。
「一般的にいうのであれば、人と眷属の異なる種との違いは、その姿形や能力にある」
 淡々と継ぎ、識神がただ見据える中、寝かせた男の冷たい両手を胸の上で組ませる。祈るように。
「だが、あたしは思う。人と眷属は所詮、一枚の鏡面に映した姿に過ぎぬのではないか。進化という過程において、違う課程をたどった左右両翼の鏡映し。故に、ソレをみて人は恐怖するのだと」
 それ故、眷属は超越者の傲慢に溺れるんだと言外ににじませ、刹那愛おしそうにクラレンスの顔を優しい眼差しで見やると、彼のコートを彼に覆い被せた。葬送の衣の如く。
「しかし本来は、本質は違う──限界を超えれば、世界が広がるは道理。その点において、人も眷属も変わらないよ。一定の閾値を越えた者が、異能者と呼ばれ、恐れられるに過ぎない。だが心は人も異能者も求めるものだ、問いを、答えを、そして半身を」
 飯綱の識神──縁ありて使役さるる妖物──に視線を戻すと、左手を男に向かって掲げ、絶対の確信をもって、力を男の亡骸に向ける。
 再構成された格は、小宇宙の如き力を体内で脈動させていた。構成された青い光が、男の姿を包む。
 今はまだ、焔の魔女の支配下に冥道(特異点)があり、クラレンスは彼の信じる神の天国に逝くことができない。だから──まだ、共にあろうと。
「過ちに気付いたなら、そこから再び立てばいい。ジョニーはそれをあたしに教えてくれた。だから、闘おう。世界を敵に回してでも、我が確信において“大好きなこの街を護るために”」
『それが主が、選択か』
 識神が嗤う、荒王の笑みで。遙か彼方で議会が才嬢が笑む。
 そして飯綱は、那辺と呼ばれていた彼女の右手から、彼女が体内に消えた。
 紅が那辺の手に触れた時に駆けられた施術が、鍵を得て起動。中華街に、いやLU$Tに描かれた壮大なる布陣図が、彼女が脳裏に爆発的に展開し、与えられた。

「違うね。それが世界の選択であり、それが彼の選択だからさ」
 それを受け止め瞬時に術を構成し、己を包んでいた鬼気押さえ、長外套についた血を払うと、彼女は男からきびすを返した。
 振り返ることなく。
 榊から伝えられた言葉と情報を元に、彼の元に向かう。はじめの約束を、戦友を迎える為に。
 歩き出した彼女の長い髪が深い霧の合間から、さした月蝕がヒカリに照らされて、青く輝いて見えた。

http://page.freett.com/DeepBlueOcean/nahen_nova.htm [ No.596 ]


世界を終わらせる歌を歌おう

Handle : “ツァフキエル”煌 久遠   Date : 2001/07/26(Thu) 01:16
Style : 舞貴人◎ 新生路=新生路●   Aj/Jender : 22,Female/ In Web... "Little Six-Wing'z Angel" I-CON
Post : カフェバー “ツァフキエル”マスター




  かたかたかたかた。
  何かの音がする。
  くるくるくるくる。
  何かの音がする。
  かちかちかちかち。
  時が刻まれる。
  白い部屋の中、一つだけ切り取られた別の空間。四角の向こう。
  綺麗な綺麗な花畑。
  ずっとそれだけを見ていた。
  ずっとそれだけを見ていた。
  機械で出来たおもちゃはいらないから、だから


 「……ようやく、彼女が何をしようとしているか、分ったよ。神を下ろすパスを通そうとしているコトが」
 不意に訪れた黒人の声に、久遠はその瞳を瞬いた。
 見えるのはその圧倒的な存在感を示す光。それは電子の世界。
 そして鮮やかな色調で彩られた異国の門。それは現実の世界。
 けれど先程まで見ていたのは、別の空間、別の視界。白で塗られたあの空間が瞳を焼いているようで
 六枚羽の天使のアイコンが小さく目を擦った。
 「イイか、切り開くのは俺達がやる。あの邪魔な天使をどうにかするのは。
 お前はあの天使の中に居るメレディのアイコンが見えたら行動をするだけだ」
 黒人の声が響く。多少ぼんやりしてしまっているのは、フリップフロップで意識を分けてしまっている所為か。
 何とかそれを覚醒させようと己にかかる回線重圧の軽減に手を出しても一向によくならない。
 風邪に伴う熱に浮かされたように、右から左へ流れようとする言葉を一生懸命意識の中で引き留めた。
 数字の羅列が、上から下へと流れていく。高速に流れる其れは、組み込んだ構造体の一欠片を拝借して
 時間を操り、計算を繰り、望む姿をワイヤフレームから電子的に実体化していく。
 全ての計算が終わったところで現れるのはやはり六枚羽根の天使の姿。けれど「本体」より成長した
 女の姿を持つ彼女は、艶やかに微笑んだ。
 『………………やはり、自分の家が一番落ち着くわよね、久遠』
 自分に掛けられたその声に、自分と同じ声音を持つその言葉に、久遠は小さく息をつく。
 “……おうちのマシン、火を噴いてない? ツァフキエル”
 『あと7分ぐらいなら大丈夫よ、多分ね』
 くすくすと笑う、それは自らの電子能力だけを特化させてコピーしたAI。既に別人格で確立しつつあった
 其れを意識的に引き離し、久遠は自宅フレーム、そこから繋がるネットワーク維持の為にAIとして創造した。
 …………いや、正確には先に使った定義の通り複製したと言う方が正しいだろうが。
 “………この回線、まだ繋げてないといけないの。皆の為に………お願いね、ツァフ”
 『出来る限りね。…………行くのね、久遠』
 すぐ近くで話しているように見える二つのI-CON。けれどその差は文字通り天と地で。『ツァフキエル』は
 極々小さなため息をついた。基から派生した思考回路が残っている、そのおかげで。
 『……………電脳の歌姫に逢いに』


  ....My mother said that I never should, Play with gypsies in the wood....
  声がする。小さな女の子の声。
  ....The wood was dark; the grass was green; In came Sally with a tambourine....
  歌が聞こえる。小さな女の子の声。
  ....I went to the sea- no ship to get across; I paid ten shillings for a blind white horse....
  白い白い部屋の中。
  ....I upon his back was off in a crack, Sally tell my Mother I shall never come back....
  時計と機械の音がする。低いG線上のアリアの中で。
  女の子がただ歌う。
  髪が、部屋の明かりに静かに煌めく。

  ――――――――――――誰?


 「銃の役目は俺達がやろう。弾を込め、スライドを引き、狙いを定めるのも。
 だが、その引き金を引くのは、お前だ“ツァフキエル”。
 お前の意思でその引き金を引くんだ。
 どうする、この作戦に、ノルか?」
 淡々と響き伝え聞く声に、ふと意識が戻る。
 フリップフロップはもう解除し、回線保持はAI-"Zaphkiel"に任せ、相互で僅かな情報をやりとりするだけで
 済ませてしまっている。おそらく、現実世界の身体は門の前で倒れ込んでいるだろう。共にいた者達に
 迷惑を掛けてしまっているだろうが、其れを考えられるほどの余裕がなかった。
 黒人が、答えを待つ。その沈黙に、久遠は一つ息を吸った。
 「………Hope iz ONLY-ONE; "Seach x Rescue" …… OveR.」(願い事は唯一つ。発見と救出。それだけだよ)
 静かな少女の声が響く。その声を聞いて、黒い人形はにやりと唇をゆがめた。
 「……了解(ラージャー) 永遠に少女の絶対零度にとどまる娘……“小さな電脳の姫君”。
 ゆっくりと観るがいい。お前の意志が、何を望み、何を目指してトリガーを引いたのか。
 そうして何を導いたのか、な」
 【欠片】で繋がった声は、意識しない笑いの響きすら伝え。振り仰ぐ黒人の視線を追うように久遠の瞳が
 上で輝く太陽を捉える。自分の判断の正誤より、今はただ、後悔したくはなかった。


  時折、意識にノイズのように混じる光景。
  その瞳に焼き付く白の色が、何を意味するのかは―――その時はまだ、わからなかった。
  ただ、白い部屋で鳴る音は、低いG線上のアリア。よく馴染んだ機械の音に似ていた。

http://plaza.across.or.jp/~ranal/master_nova/quon_nova.html [ No.597 ]


Stabat Mater

Handle : “銀の腕の”キリー   Date : 2001/07/30(Mon) 23:20
Style : Kabuto◎● Kabuto-Wari=Kabuto-Wari   Aj/Jender : 24/Male
Post : 猶予の一族


-関帝廟前。
「猶予の一族の血を継ぐ方・・・如何なされるおつもりですか?」
紅の声が静かに告げたが、その声はひどく遠くから聞こえた。ありえない−ありえない! 今更あの時に渇望したものが今ごろ甦るなど。失われたはずの力。あの日、絶望と引き換えにこの地で喪ったものの一つ-

「どうする、だと?」静かに息を吐き出し、目を見開き、紅を見つめる。
「貴女は知っているはずだ。私に、その力が戻っていることを」
紅が触れたカービングに今度ははっきりとスパークが纏わり始めている。
「ですから、如何なされるおつもりかと−−」
「彼女を封滅し、その霊殻ごと滅ぼせと言うのか……?」
「どうするかは貴方次第です。ただ、彼女を封滅すれば陣自体の効果が薄くなることは確かですし、貴方はそれを行使しなければいけない立場にある________ 猶予の一族として」

「猶予の一族など、静寂すぎるこの都市には不要だったはず---今ここで甦るのが宿命ならば、甘んじて受けよと言うのか、この力をっ!」
腕に触れる紅を振りほどき、意識を集中する。
キリーの右腕全体が発光し、そこから現れたのは、青白く光る、天使。
「だから言ったんだ、おせっかいだって。一番厄介な奴に力が戻ってしまったじゃないか」
草薙は苦笑する。まるで、この事態を望んでいたかの如く。

青白い天使を見据えながら、紅は静かに、諭す様に語りだした。
「あなたがどんなに望んでも帰ってこなかった力は、今ここにあります。今は望んでいなかったとしても、時の流れは残酷なほど平等に、あなたに力を返したのですよ。……彼女達が愛したこの街を守るために」

----ねぇ、キリー。今回の封魔が終わったら、この街に帰らない? あたし、この街が大好きだし----

「彼女、達……?」

----ソレに、アタシもこの街が大好きなのさ。ソイツはハンターとしてのアタシが、本当に最後に絶対に譲れない、誇りなのさ----

「______綺麗、だね、その羽」久遠の呟き−−

----あたし、キリーの力は好きよ。だって、綺麗じゃない?----

-そう、いつだって想いは傍にあったのだ。

「那辺_____ お前の言っている事が、ようやく解りかけた」その言葉と共に握っていた右手を開く。その動きは義手にしてはしなやか過ぎた。

「キリーさん、その右手……」
「_____ああ。“戻った”らしい____ 今なら、まだ間に合うか、紅さん?」

「時間的猶予はまったくと言って良いほど有りません。しかし、貴方が封滅を行うというのなら----」

「誰が、封滅を行うといった?」

今まで表情らしい表情を浮かべなかった紅に、驚きの表情が浮かぶ。

「……まさか、貴方はいったい何を行うつもりですか! この地に、神災を呼び起こそうとでも----」
「勘違いするな。ただ封滅を行うならば、それこそ二流の術者でも可能だ」
「ならば、いったい何をなさるつもりですか、猶予の一族!」
「那辺に賭ける」

「!」
全員の視線がキリーに集中する。
「___那辺は、あらゆる事象に於いて条件がそろうその刹那を狙って、八卦炉を利用するつもりだ。ここまで大きな陣になれば、ほんの些細な事象の歪みによってまったく予期しない働きを起こしかねない。こうまで不安定な陣を、良くぞここまで強固に仕上げたものだ。その術にはむしろ驚嘆を禁じえない。だが、元が不安定だからこそ_____」

「崩れやすいってこと。まったく、ああ面倒だ」

「察しがいいな、草薙。術陣において、崩れやすいということはほんの少し、方向を傾けるのにさして労力は必要ない。もちろん、意図した方向に変化させるには本人の素養と_____」
天使が微かに羽ばたく。
「_____霊力の問題だ。そして、人殻すら超越し始めた那辺には、おそらく荒王に匹敵する霊力が備わっている。そんな力が、陣の方向を曲げようとしたらどうする?」

「------曲がりかねませんね。あり得ないとは思いますが」

「だがな、紅さん。術者にとって大事なのは力じゃない。それを成し遂げようとする意思だ。それに_____」
「この街が大事なのは彼女だけじゃない。俺も、レクセルも、この街が大事なんだ。もっと早く気がつくべきだった。失ったもの大きさの影に、一番大事なことを見逃していたんだ___」

レクセルの霊体を見つめる。
「_____レクセル……俺は、君の何一つ解っていなかったんだ---君が、どんなにこの街と俺を思っていてくれたか……」
通じるはずのない言葉が微かにレクセルを震わせる。
「だから俺は彼女に賭ける。今なら_____少しは本当に伝えたかった事がわかる気がするから---」

「……キリーさん。ひとつ、聞きたいんですが」
「何だ、皇」
「その陣は非常に不安定だといいましたよね。どんな要素でも曲げかねませんか?」
「この際物理的に力の大きいというのは関係がない。強い意志の力−憎悪や、恐怖。そう言った感情ほど影響を与えやすい」
「なら、青面騎手幇という集団はどうなります?」
「LU$T三合会……身内で骨肉の争いを行っていると聞くが----、まさか、ここを?」
ゆっくりと皇は頷く。
「ちっ……やつらにおそらく術陣の真意は理解できていまい。だけど、今ここでそれを邪魔させる訳にはいかない。こちらの切り札の一つを___」
 ちらりと久遠に目をやる。額に手を当て、先ほどから動きが散漫だ。おそらく、もう一つの世界でコントロールに入っている可能性が高い。そんなところを襲われでもしたら---
「みすみす失うことになる」
「じゃ、じゃあどうするって言うんですか!?」
「叩き潰す」
「じょ、冗談を……」皇は、先ほどとまったく違うキリーの表情を、映画のシーンのように見ていた。先ほどはまったく無表情で淡々と告げるだけだったのに対し、今のキリーは強い意志の力を感じる。彼本来の人格はこちらなのだろう、と無意識が告げていた。

「……冗談で言っているような顔には見えないよね……」
「あたりまえだ。ところで、いつまで此処にいるつもりだ、久遠? 青面騎手幇が来たら、撃たれるぞ」
「そのために那辺さんが貴方を雇ったんでしょう?」
「……言ってくれる。じゃあ、行くぞ」
「……どこに?」
「青面騎手幇のいるビルさ」
そう告げて銃を確かめるキリーの表情は、どことなく落ち着きをとり戻していた。
「……わかった。でも私、今あまり体に……」
「俺のそばが一番安全だ。彼女との契約だ。この名にかけて、守る」
「……お任せします」そうとだけ告げ、久遠はキリーの背中におぶさった。

「お前たちはすぐに此処を離れろ。情報の伝達速度から考えると青面騎手幇がここを襲うのも時間の問題だ。そうならないようにするが、次善、次々善の手は打っておきたい」

そう言い放つと、キリーと久遠の姿が掻き消えた------------

「む、無謀よ……たった一人で何が出来るというの……」

呟く皇の言葉だけが、消えた二人を見送る言葉だった。

 [ No.598 ]


Loops of Fury

Handle : シーン   Date : 2001/08/03(Fri) 01:23



▽関帝廟


「む、無謀よ・・・たった一人で何が出来るというの・・・」
 見送りの言葉も聞こえぬ間に姿をかき消したその空間を、皇は茫然自失といった表情で見つめた。
 だが同じくその傍らにいた紅は、心の何処かではそれをある程度予想していたかのような自嘲気味な微笑みを浮かべると懐から鉄扇を取り出し、何かを諌めるように一扇ぎした。僅かに巻き起こる風になんとも云えぬ香りが付きまとう。
 皇は沸き起こっていた怒りと驚嘆の衝動が、不思議と収まってゆくのを感じた。
「さて」
 紅が油断のない視線を瞳に宿したまま、ややその顔の向きを廟外へと向ける。
「程なく来ますよ、皇さん。彼等の尖兵が」
 一瞬皇は彼女の言葉にびくりと身体を震わせた後、目を閉じて耳から何も音が聞こえなくなる程に集中力を高め、思考を巡らせた。
 戒厳令。Code-RED。FXML-DXF102。何れの言葉も記述も、LU$T行政司法やN◎VA行政司法において明言化はされていない。だが、元は日本という一文化の一端から生まれ、様々な諸外国の文化を取り入れて異端児として強大な勢力を手中にするに至ったこの都市に生きる者達は、その言葉が何を指し示しているのかということを、それとなく歴史から学んでいる。
 皇は紅から言葉をかけられてからの数刻の間にも、止まる事無く矢次に送られてくるマリオネットや社屋の同僚達、そして兄が投げかけてくる様々な情報を受け止めるだけ受け止め、本能で許される限りつぶさにそれを精査した。
 行政府・・・いや、LU$Tセニットがどのような思惑を抱えているかはともかく、少なくともN◎VA軍が事態の収拾の為に強制介入しようとしていることは揺るぎない事実だ。青面騎手幇を含めた骨肉の争いにその身を投じようとしつつあるLU$T三合会が幾ら勢力が大きいとはいえ、本来でいうならば企業警察機関とLU$T.BH、それにB.H.K.の活動である程度は抑え込み、抑制することは可能なはずだ。そういう都市を、遥か過去の時代から紅を始めとした・・・中華最高陰陽議会に連なる者達は、静かに秩序を積み上げたきたのだ。それこそ、その都市に住む者達さえ気付かぬ程の速度でゆっくりと積み上げ、浸潤してきたのだ。
 だがこうしている今も、自分の電脳へと投げかけられてくる情報が途絶えない。今はまだ中隊規模で駐屯している平和維持軍と名乗る人員の配備程度の規模が、紛れもなく幾つかの大隊で構成される1000人強規模で展開されようとしている鎮圧軍の存在の事実を、まるで徐々に埋まってゆくパズルのピースを埋めるかのように知らしめている。
 1000人を超える連隊?! 連隊といえば、ガンシップも実戦配備された事実上の正規軍規模だ。戦争でも始める気なのか?
 いや、それはありえない。そう皇は小さく呟き、目を開く。
 ホワイトエリアを中心とした各企業警察は、独自の治安をエリア内に敷くだろう。それはイワサキの城下町で起きている極初期の騒動を考えれば必然的な答えだ。三合会もそれに倣い、ヴィル・ヌーブや北米企業を系とする企業も同様だろう。それら各個が持つ利潤が多大につり合う等とは到底考えにくい。
 ならばそれらを踏まえ、派遣されてくるN◎VA軍は一体何を鎮圧し、何を目的とするというのか。
 騒乱を拡大するような事態は双方の利潤が複雑に絡み、事態の収束が難しくなるだけだ。
「皇さん、これからどうなされますか?」
 紅の言葉に、ふと意識が現実に立ち戻る。
 リョウヤが、首元のインカムに手をやる。その傍らでは、同じくサンドラがインカムを操作しながら然程離れていない場所にあるPV-パトロール・ヴィークル-へと歩み始める。
 その姿を見た途端、湧き上がった一つの疑問が自然に皇の頤を割った。
「リョウヤさん、LU$T支部のBHはどの地区に展開しているんですか? 戒厳令が発令されたとなると、司法系列で貴方達にも何らかの指示があるわけでしょう?」
 皇の質問に、つとリョウヤが視線を上げる。彼はサンドラを僅かに心配げな視線で見つめていた。
「まだ俺達に、司法入電はない。経路としては、発令元が最上級クラスなのだろう。
 俺達の部隊は本日付の指令では個別巡回に留まっている。付け足すなら、俺の司法活動は特例だ。取り締まるのではなく、そもそもが調査から始まっているからな。部隊としての展開は、支部に殆どの隊員が集合しているはずだ。後は通常業務に合わせ、各方面に巡回、もしくは作戦展開しているだろう。だが表立って大きな作戦行動は、俺が把握している限りはなかったはずだ」
「戒厳令発令に伴うLU$T司法機関の作戦行動や、どちらかと言えば、より上流司法となるN◎VA方面から派遣される可能性の高いN◎VA軍の活動に関して、ご存知の事はありますか?」
「_____________それには答えられん。ダイバ・インフォメーション班長 皇樹さん」
 気付いた可能性へのつながりの一つが、目の前で過ぎに閉ざされてしまった事に僅かに苛立ちを感じながらも、皇は思考の方向性が然程間違っていない核心があった。
 リョウヤも不敵な笑みを僅かに浮かべて、こちらから視線を逸らしもしない。

 N◎VA軍の展開がどうやって行われているのかが、重要なキーの一つなのよ。
 間違いないわ。
 皇は考えを纏めた後、紅に答えるべく、振り返った。



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▽ユグドラシル -軌道エレベーター内軍用ドック-


 カーボンナノチューブで精巧に編み上げられた軌道用の有線ケーブルの断面を、俺はドミネートした軍用ドローンを操作し、次々と接続してゆく。
 こんな地上から遠く離れた場所に投資する議会の古老達の試算など理解も出来まいと思っていたが、どうして、今こうやって投資したことによる北米製のドローンがあるではないか。俺は嫌味な笑顔でアイコンを歪める。役立っているよ、ネスト・マクローネル。こんなところにもアンタの欠片がある。
 企業コードを持つドローンをドミネートするのは造作もない。遣り方さえ心得ていれば、LU$Tを歩くニューロキッズ達でもやれる。
[...まぁ、問題はその後だがな]
 呟いた俺の言葉に、御前の考えている事などわかっていると言わんばかりの表情でクリス・ハーデルが溜息をつく。
「本当に有線するのか?」
[...あぁ]
「なんでだ。ナノタイプのデジタルリンクシステムが換装されているだろう」
[...ローテクにやるんだよ、こういうことは]
「は?」
 グレンが勝手に二人で会話を始めたことにいらだったのか、割り込むように声を挿んでくる。
「どうでもいいけどな、ブリーフィングタイム目一杯だぜ。我等が大統領の返事は?」
「________まだだ」
 グレンはがっくりと項垂れ、視線を落すと、モニターにうつる俺の作業に今度は興味を持ったようだった。
「よォ、さっき有線とかなんだか言ってたが、何で結線するんだ?」
[...さっきポッドを幾つかグレイゴーストが投棄していったろう。周辺軌道の作戦領域内に。それにドローンで結線するんだ]
「何で結線するのかと聞きたいんだよ、グレンは」
 クリス・ハーデルの通訳に、俺は答える。
[...メレディーなら、何らかの手段でグレイゴーストのデジタルリンクをドミネートしないとは限らない。レイストームに換装されていたポッドなら規格が“俺向け”だから、リアルタイムに彼女とコード変換に関して格闘することが出来る。だがグレイゴーストは汎用性が問われる為に、そのゲートウェイが軍はにほぼ無条件にオープンされている。無論、階級-クラス-は問うがな]
「それがどうして理由になるんだ? 軍用規格ならほぼクローズされているに等しいだろ?
 だって、今回のこの俺達のオペレーションは巧妙に演習のプログラムに組み込まれている。軍内でなんらかの・・・そうだな、クーデターでもない限り問題ないだろう。管理されている。ガッチリと____________軍隊式に」
 グレンが胸を張って、右手を額に翳し敬礼の真似事をする。それを見てクリス・ハーデルが小さく笑う。
 俺は自分のアイコンを瞬かせて、大きな疑問符を表示する。
[...なんだ、知らないのか。メレディーは義体化されて電脳にどっぷりと漬かる前は、極東方面における情報軍属の極秘作戦に幾度も招聘される程の経歴持ちだぞ? 本人は頑固として受け取らなかったが、勲章もある。・・・今は、唯一の血縁者となるとある男の部屋に飾られているだけだがな。
 それに記憶がままならない今となっては、そんなモノはただのガラクタだ]
 グレンが僅かに驚いた表情を双眸に覗かせるが、直ぐに考え込む表情に納まる。
「あー・・・つまり、彼女は情報軍のCODECを所有している可能性がある?」
 俺はアイコンを大きく頷かせた。
[...あぁ、否定は出来ないな。 だから、俺はそういった枝や穴の可能性になる要素は排除したいだけさ。有線接続なら、その防壁としての閾値も高くなる。間にインテリジェンスコントローラーを極力排除した設計に、元々されているからな。それにコントローラー周辺域に防壁を築いても、彼女のような手合いには時間稼ぎ以上には然程意味を持たない。俺があのポッドとの接続に必要としているのは、彼女と渡り合う土俵を必要としているんじゃない。“確実”でクールな、ローテクを必要としているだけさ]
「“パルス”で彼女を洗うのが、ローテクか?」
 僅かに苦々しい表情で、クリス・ハーデルがディスプレイに映る俺のアイコンに向かって声をかけてくる。
 俺も電子合成音を鳴らして微笑む。
[...天使の毒気にあたったのさ、彼女は。パルスでその穢れを落してやるだけだ。穢れかどうかの判断はここでは無しに願うぜ。十字軍の話をここでするつもりは俺には毛頭ないし、アラモの話をするつもりも今は無い。
 なんなら、御厨に聞くといい。彼女なら造作も無くお前達の疑問に答えるだろうよ]



-----------------------



▽ユグドラシル パブリックノード:Connect-Wired [Stage Linda-Place].


 搭乗者生命維持装置は、期待値以下。きっとそれは無いに等しい。
 アルテオンIVを通して繋がれる各ノードのトロンが返してくるサイクルは、まるで心臓の鼓動のようだ。それも不整脈に近い。霧に紛れた子供達が自分の身体に着床してからというもの、身の内のツァフキエルとの融合の度合いは深まるばかりで、それは徐々に本来の肉体との離別のような気がしてならなかった。
 生身の身体に埋め込んだ電脳が徐々に侵食して、半ば義体に納まっているような感覚に包まれて暮らすようになってからというもの、自分の呼吸の音や鼓動の音に耳を済ませたことは振り返ってみれば皆無になったような気がする。
 煌は黒人の説明を聞きながら、今一度頭上を振り仰ぎ、意識を集中した。そうしないと、グリッド上の自分の存在が掻き消えてしまうような気がしたからだった。
 煌はゆっくりと一度、頭を振る。
 ぼやけるような意識が覚醒するに従って、徐々に力が戻ってくる。恐らくフリップフロップも自然に断ち切れ、キリーに背負われたその背で人形の様になっているに違いない。だが、回線維持から先、放棄した肉体の動作をドミネートする余裕などツァフキエルにも許されていないだろう。そう確かめようとする意識も、やがては時間が無いという焦燥感に押し流される。

 刹那、グリッド上に立っていた彼女達の視野が一瞬、暗転する。だがそれは、実際にはグリッドを照らす明りや電源の沈黙による現象ではなく、頭上の光源が核爆発の様に輝き、その為に視野がフラッシュアウトした事が原因だった。
 聞こえる筈の無い、伝わる筈の無い振動と轟音がツァフキエル目掛けて降り注いでくる。
 目も開けられず、ただそのデータの重圧にアイコンの羽が震え、その羽を散らしてゆく。そしてその音は、どのような手段で耳を塞いでも、緩まることは無かった。

 Ma ha shutai e Tuby e Tuby e
 Tu shutei A no en Tuby
 紅く燃え上がっていた太陽の如き球体が、一気に加速され、煌の目の前のグリッドの一端に超高速で隕石の様に落下し、衝突する。その瞬間、爆散する光の粒子に呼応するように、グリッドが水面の様に激しく撓んで揺れた。
 [..._______黒人さん!!!!]
 
 A Sai do mi no steikun
 Halish di zi e
 フラッシュアウトした視界に光が戻り始める。
 やがて、自らの視線の・・・衝突地点のほぼ中央に膝を突いて俯く一人の女性が、ゆっくりと立ち上がる。
 黒人が、異なるグリッド上で声を荒げて唸り声をあげた。
 
 A di shuta dia
 La dia
 Zhan who
 “墓場”のモニターで、黒人がレイストームを介して送ってくる擬似映像をモニターしていた御厨が叫び声を上げる。
 「入電! MM21パブリックノード封鎖!!」
 「流域ブロック、アレイルート沈黙!! 擬似ノード、ルーティング開始します!」
 「軍がMM21バックボーンを接収しました!!! 保守回線、2ブロック強制閉鎖します!!」
 オペレーターの叫び声に近い呼応に被せるように御厨が叫ぶ。
 「________黒人!!!」
 
 A Sai en
 クリス・ハーデルが、傍らでモニタリングしていた回線のシグナルに気がつく。
 「来たぞ!!!」飛び上がってグレンがモニターに映る言葉を叫ぶ。「Go Now!!!」
 黒人のアイコンが、無い目を見開いて火球に包まれたまま立ち上がる女を睨みつけた。


 煌は、北米大統領が黒人達に投げてよこしたメッセージを異なる角度から見つめていた。
 Go Now.
 それは、連合が黒人との取引に応じたというサインだ。だがそれは同時に、彼女が知るメレディー・ネスティスという一人の女性の、一つの死も同時に指し示している。
 一度その存在を抹消され、知らぬ間に再生され、そしてまた抹消される。こい言った終わる事の無い痛みを伴うルーチンを、あと幾度繰り返せば気がすむというのか。
 煌は自らのアイコンを悲哀に震わせる。
 だがこうなった今ですら、彼女はまだ、目の前の女が和知の言うような存在にはどうしても思えなかった。
 終わる事の無い、螺旋を紡ぎつづける存在。本当にその存在は、自分達の在り様に不利益を齎すのか。
 特異点を形成する術陣を守り、その陣に“光”を流し、アラストールを降臨させる四天使クレアとして“彼女”は今、生きている。
 だが、本当に彼女は・・・・

 煌は今一度、コンマ秒の間に、一連の中華街におけるウェズリィのレポートのデータにその手を触れた。
 逆瀬川や、御厨達と笑いあっている彼女。
 カーマイン・・・いや、死に絶えようとするアンソニー・ブラスコに手を触れて涙する彼女。
 アジームに、擦れた声をかける彼女。
 息も絶え絶えに、血を流してベンチに座り込む彼女。
 煌は、無い頭を振った。
 一体どの彼女が、自分が知る“彼女の想い出”なのか。
 自分の中に埋まる“欠片”は、本当に共鳴のトリガーとして作用するのだろうか。
 いや、しなければ何も始まらない。そう、黒人が悲壮にも訴えたではないか。

 煌は、ゆっくりと両手を前方に向けて広げた。
 [...Quon, Last 400sec!]
 ツァフキエルが一方通行の、エコーを打ってくる。
 煌はそれには答えずに、静かに口元に笑みを浮かべ・・・囁いた。
 [...A di shuta dia, La dia. Zhan______________________]
 その言葉が終わるよりも前に、ツァフキエルが激怒して叫ぶ。
 [...久遠!? 馬鹿なことしないでッ!!! 貴女までEDENにたった一人でダイヴして______________一体どうするつもりなのッ!!!!]

 [...久遠________________]
 ざわざわと、生前の声の面影もない音が、メレディー・・・クレアの頤から無い空気と共に洩れてくる。
 彼女も煌と同じように左手をゆっくりと持ち上げると、その指を目にも止まらぬ速さで一閃する。
 無い空気がざわめき、グリッドが激しく振動する。
 やがて彼女と煌を繋ぐほぼ直線状に、一本の蒼く、細いグリッドが結ばれた。

 クレアが、カラカラと音を立てるようにして顎を揺らし、笑う。
 煌は静かにじっと彼女の両目を見詰めたまま、微笑んだ。


 [ No.599 ]


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